スイッチを入れたかのように突然目が覚め、体の細胞もいつもよりハッキリと活動しているのがわかる。
眠りから目覚めの中間にあるボヤっとした感覚もなく、いつもよりも体を楽に起こす事が出来た。
白いレースのカーテンを挟んで朝日が柔らかく差し込み、僕が眠るダブルベットを優しく照らしている。
昨日はドイツ人の友人であるフィリックスとミュンヘンの街を1日かかけて観光しフィリックスの自宅で夕食も済ませた後、僕の旅の疲れを完璧に癒すために自分が毎日眠っているダブルベットをそのまま僕に貸してくれたのだ。
一階に降りるとフィリックスはソファーで横になりながら熟睡していた。
起こさないように冷蔵庫から昨日スーパーで買っておいたオレンジジュースをコップに注ぎ、飲み始めようとするあたりでフィリックスはモソモソと動き出し、瞼をうっすらと開き始めた。
「おはよう。疲れとれた?」
喉に痰が絡まっていたのか寝起きの第一声にガラガラした音が混ざっていた。
「おはよう!疲れ完全にとれた!ありがとう!」
「それは良かった」
フィリックスはそう言いうと嵐に吹かれたかのように乱れきった金の髪をかきあげながら体を起こした。
フィリックスが使っているコップにオレンジジュースを注ぎ、ソファーの前のテーブルに置くと寝起きのカスれた小さな声でありがとうと言いながら一口だけ飲み、喉が潤った合図の「ハァ〜」っと言う吐息を吐いた。
「ZiNは次の旅にいつ出るの?ミュンヘンに長く滞在するんだったらいつまでもここに泊まっててもいいよ〜」
フィリックスにはまだ話していなかったが、明日の昼にはミュンヘンを出ようかと昨夜眠る前に少し考えていた。
実はヨーロッパにはシュンゲン協定と言うものがあり、ネットで調べると、どうやら日本人は90日間しかヨーロッパのシュンゲン協定内の国に滞在する事が出来ないようだ。
ヨーロッパのシュンゲン協定内の国から出て、数日間過ごすとまたヨーロッパで90日間滞在する事ができるらしく、この先の旅のプランは何もたててはいなかったが、僕はもう少しヨーロッパを回りたいと考えていたため、今このタイミングでヨーロッパから一度出る必要があった。
ドイツ人のフィリックスからすれば外国人は90日間しかヨーロッパに滞在する事が出来ない事を知らなかったのであろう。
詳しい説明は省き、シンプルにフィリックスに伝える事にした。
「フィリックス!明日ヨーロッパから出るわ!」
「フェンン〜〜〜〜!!!」
フィリックスはオレンジジュースを飲みながら目を見開き、コップに口をつけたまま声にならない声をあげた。
「明日!!マジで!?それじゃあ今日しか飲む時間ないじゃん!」
そう言うとフィリックスは立ち上がり、冷蔵庫からボトルのビールを2本取り出しテーブルの上にドンと置き、一言「乾杯だ!」っと言った。
まだ朝の10時半だったが、フィリックスの僕といる時間を限界まで楽しみたいと言う思いがひしひしと伝わってくる。
それに答えないわけにはいかない。
「乾杯しよう!」
そう言って僕はテーブルの上に置かれたボトルビールの片方を手に取った。
ボトルの蓋が開いていなかったので栓抜きはないかと尋ねるとフィリックスは何をどうしたのか、勢いよくボトルの蓋を開けた後ニヤっと笑みを浮かべながら言った。
「栓抜きなんて必要ないよ」
「え?どうやったん?」
僕が驚く顔を楽しむかのようにフィリックスは自信満々の顔をしながら手のひらを広げる。
そこには一枚のコインがあるだけだった。
「これで開けたん!?」
「ドイツ人は何ででもボトルの蓋をあける事ができるからね。慣れれば紙でもあける事ができるよ!乾杯!」
“紙でもあける事ができる”と言う言葉が気になりながらもフィリックスに続いてビールを口の中に流し込んだ。
一口飲み終えた後すぐにフィリックスに尋ねた。
「紙でどうやって開けるん?嘘やろ?」
残りのビールを飲み干し、冷蔵庫からもう一本ビールを取り出して来たフィリックスはテーブルの脇に置いていたライブのフライヤーを折りたたみ始めた。
「紙を折りたたんで強くして後はコインと同じ感覚でこう!」っと雑な説明をしながら、「ポンッ!!!」っと弾けるような音と共にビール瓶の蓋が天井にぶつかった。
口角をグイッと上げ、僕の驚いている顔をつまみにしながら、満足気にビールを勢いよく飲み込んでいく。
しかし、この技術は本当に凄い。
旅中に瓶ビールしか売っていなくて開けるのに苦労する場面が何度があったが、この技術を身につければどこにいようが瓶ビールを飲む事ができる。
僕はフィリックスに基本から学ぶ事にした。
フィリックスが言うにはまずはスプーンから練習を始めて、次にライター、その次はコイン、最終的に紙っと言う順番で練習すれば取得できるらしい。
朝からこのボトルの蓋開けの練習を続け、2時間後にはコインで開ける事ができるまでに成長したが、たった2時間で7本ものビールを飲んでしまった。
僕達は最後のミュンヘンを楽しむためにベロベロに酔っ払ったまま、街に出かける事にした。
「どこ行くの?」
僕が尋ねるとフィリックスはこう答えた。
「昼からやってるいい感じのBARがあるからそこで飲もう!」
ドイツ人にとってはビールを飲む事はもはや生活の一部であり、水分補給の一環となっているようだ。