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オーストラリア絵描き修行の旅

画家人生の基盤を作れたオーストラリアの旅が終わる。

ついにオーストラリアの絵描き修行の旅が終わろうとしている。   「誰でも画家になれる!」   そう思える充実した旅だった。     ここで少し質問をしたい。   あなたは今現在絵を描いて生活できているだろうか?   日本に住む90%以上、もしくはほぼ100%の人が絵だけでは食べていけないと応えるのではないだろうか?   僕もかつ […]

ストーカー事件で緊急帰国!オーストラリアの旅が終わる・・・

オーストラリアの旅では様々な国の友人をつくる事ができた。     得にずっと一緒に行動していた香港人のディランとケニーは、これからも一生付き合いがある親友だ。 彼らといつも行動を共にし、農場で働き初めてから何度もシェアハウスを一緒に移動させられた。     一番最後に移動させられたシェアハウスは本当に最悪だった。   そのシェアハウスは山の中にある […]

友達と仲間の違いを痛感したオーストラリア絵描き修行の旅

  オーストラリアのスタンソープの農場で働きながら、シェアハウスを転々とする時期があった。     もともとの旅の目的は、画家になる方法ほ探すためと画力をさらに上達させるためだった。   しかし、セカンドVISAを手にいれるため、どうしても農場で働かなければならない。   そんな時に同じシェアハウスに住んでいた人達と出会い、僕らは友人となった。 & […]

見た事もない絵画を描く簡単な方法をお伝えする。

見た事もない絵画を自分の手から誕生させる・・・   それは誰でもできる簡単な事である。   「誰にでも簡単に描く方法なんて本当にあるのか?」   っと今一瞬考えたあなたは間違っていない。     それは正しい反応だ。     なんせそんな魔法のような方法があるのなら世界にはさらに多くの芸術家が誕生していただろう。   […]

旅の事件簿!相棒がバラバラになってこの世から消え失せた日

  まさか僕の相棒があんな事になるとは・・・     僕は相棒と一緒にオーストラリアの旅を楽しんでいた。       夜空には雲一つない満天の星空が見える。   草原と森に囲まれた山の中に一つだけポツンと家が建っている。     そこが僕が過ごしている場所。   ここはオーストラリアでは有名な農場地 […]

ショック!あれを車で引いちゃったオーストラリアの旅・・・

オーストラリアでは、日本では見る事ができない様々な種類の野生動物を見る事ができる。     都会にはあまりいないが 少し離れた田舎町の草原や森に行くとカンガルーやワラビーを頻繁に見る事がある。   最初に見た時は凄い凄いと興奮していたが、あまりにも見かけるので慣れてきてしまい、あまり興味をしめさないようになっていた。       日本では […]

3ヶ月で誰でも英語が話せるよになる農場生活

  海外を旅するのに便利な能力と言えば、やはり英語力を身につける事なのだが、日本人で英語を話せる人は少ない。   近年では小学校でも英語の授業を取り入れるなど、日本政府もやっとそこに力を入れ始めたようだが、日本の学校の授業ではほとんどの人が英語を話す事ができずに卒業してしまう。   現在僕は画家として海外をまわりながら生活をしているのだが、旅の始まりであるオーストラリ […]

人は1度楽をするとダメになっていく・・・

朝の6時に目が覚める。   南国バイロンベイに住んでいた頃はそのまま海に飛び込んで、朝ご飯をのんびり食べながら音楽を聞いて友人と話をする。   そして昼になれば路上で絵を描いて、3時間で7000円程度の収入を得て、後は1日をのんびり過ごす・・・   このような生活を約6ヶ月間してきた。   しかし、今はセカンドVISAを手に入れるために朝日と共に農場へと直行 […]

自分で描いた絵画で稼げない日々の始まり

  独自のスタイルから生み出される絵画で人を魅了し、なおかつそれで収入を得られたなら最高の人生を送れると思わないだろうか?     僕は現在、画家として活動しているが、その夢の生活を手にいれるまでかなり時間がかかったがようやく形にする事ができた。   今まで本当に絵を描く仕事をするために活動してきて良かったと思っている。   その苦労のおかげで画家 […]

最悪!オーストラリアで農場の仕事を探す時に起きた事件。

日本からオーストラリアを旅する人が近年増えてきているが、ほとんどの人がワーキングホリデーVISAを利用している。   そして指定された農場で3ヶ月働くと、1年滞在から2年滞在できるようになる。   僕は普段絵を描いて収入を得ていたので、他の仕事なんてしたくはなかったが、どうしてもセカンドVISAが欲しかった。   なのでこればっかりは農場で働くしか選択枠がなかったのだ […]