「ひと昔前まではパスポートが必要だったけど、今は普通に通えるから便利になったよ」
運転席の窓から肘を突き出し、車内に吹き込む風を感じながらミッチェルが答えた。
オーストリアからドイツのトロストベルクへ向かう道中、国境付近に到着したが、ポスポートを見せる事もなく国境を超えたので僕は尋ねた。
「国境を超えるのに入国審査しないでも大丈夫なの?」
これまでの旅で国境を超える時はパスポートを提示していた僕からすれば、不思議で仕方なかったのだ。
「外国人は国によってはパスポートを見せる必要があるみたいだけど、シェンゲン協定国内に住む人達は、普通にそのまま通れるよ~」
ヨーロッパの旅を始めて3ヶ月が経ったが僕は何も調べずに旅をしていたので、シェンゲン協定の意味が理解できなかった。
しかし、自分には関係ない事だと思い、そのままスルーして「ふ~ん」と言いながら窓の外に広がる景色を眺めた。
草原の向こうには太陽に照らされた緑の山々が連なり、車のスピードとは対照的にゆっくりとその景色が顔色を変える。
「あと1時間くらいでつくけど先にお昼ご飯食べる?」
「食べる食べるお腹減った!」
「それじゃあせっかくだからドイツの伝統的な料理を食べに行こう」
それからビアガーデンに到着し、注文は全てミッチェルにお願いしてしばらく待つと、料理が運ばれてきた。
ずっしりとボリュームのある豚のスネ肉を岩塩で塩漬けして、ローストするだけのシンプルな家庭料理のようだ。
肉にかぶりつくとパリパリと皮が砕け、中から煮込み油がジュワッと溢れ出てきて簡単に噛みちぎる事ができる。
ミッチェルがおすすめするのがわかる。
以前ベルギーでウサギを食べたが、この料理は同等かそれ以上に肉の旨味がギュッと凝縮されていて本当に美味しかった。
僕が美味しそうに食べる姿をニヤニヤしながらミッチェルが見ている。
「美味いだろ?」
どうやらドイツ料理を気に入っている僕の食べっぷりが嬉しくて仕方ないようだ。
腹ごしらえを終えた僕たちは車に乗り込みミッチェルの自宅へと向かった。
大自然の景色から少しずつ人が住む住宅街へと変わっていく。
さらに車を走らせると、辺りには高級住宅が立ち並ぶお金持ちの街へと変貌してしまった。
「まさかミッチェルこの街に住んでるの?」
「そうだよ!あと1分で到着するよ!」
「さまかミッチェルって金持ちなの?」
「いや!普通だよ!ほらここが僕の家!」
そこには明らかにお金持ちしか住めないような広いな敷地に奥行きのある一軒家が建っていた。
「なんじゃこりゃ~!絶対金持ちやん!」
「普通普通!」
「いや普通でこんな所住めないでしょ!」
「ダマレー!!」
日本語の”黙れ”という言葉を乱用しながらミッチェルは巨大なガレージに車を停めて家の中へと案内してくれた。
家の中は広々とした空間でお金持ちの称号である暖炉が設備されている。
「暖炉て!金持ちやん!」
「普通普通!」
「いや家も大きいやん!」
「ダマレー!!」
芝生の庭が家の周りを取り囲むように設計されていて、天気の良い日はここに寝転びながら読書をするようだ。
まさに金持ちの娯楽である。
「家のまわり全部芝生って金持ちやん!」
「いや!これは普通だよ!」
「そんな事ない!」
「ダマレー!!!」
「それより洗濯物溜まってるから洗濯してもいい?結構大量にあるけど・・・」
「いいよ!こっちおいで!」
ミッチェルが家の中に入っていくのでその後をついていくと、地下奥深くに伸びる階段に案内してくれた。
「地下に洗濯場あるからそこで全部洗濯できるよ!」
「地下て!絶対金持ちやん!」
「普通だって!」
「いやいやいやいや!金持ちやん!」
「ダマレー!!!!」
家庭用のこみ袋パンパンに溜まった洗濯物全てを洗濯機の中に押しこんだ。
「とりあえずZiNの寝室用意してるから、そこに荷物おいておけば?」
「わかった!寝室はどこ?」
「3階」
「は?3階もあるの!?」
「あるよ!物置部屋みたいなものだけどね」
「金持ちやん!完全に!」
「ダマレー!!!!」
「その日本語誰に教わったの?」
「マァサーエー!!!!」
僕の友人のマサエさんとミッチェルが飲みに行った時にあまりにもミッチェルが弾丸トークをするので、マサエさんが教えたようだ。
マサエさんとはこの世界の旅に出発する前に一度飲みにいったのだが、ドイツに行く時があれば友達を紹介してくれると言っていた。
それがミッチェルだった。
3階は物置部屋だと言っていたが綺麗に整理整頓されており、ベットもいい匂いがして天窓から光が差し込む物置部屋とは思えないほど贅沢な構造になっていた。
今日からこの家に3泊させてもらい、明日からはミッチェルがトロストベルクから車で2時間ほど走ったドイツ人にもあまり知られていない大自然を観光させてくれるという。
やはり旅は人と人との繋がりを広げてくれるものでもあるし、こうして現地の人と仲良くなって日本人が知らない新しい場所に行く事ができるのも旅の魅力である。