「凄いもの見してあげようか?」
フィリックスは自身満々の笑みを浮かべていた。
「見せて欲しい」と言う事が最初から決まっているかのような表情で僕の返答を待っている。
<いや、いいわ>っと意地悪しようか迷ったが実際、その”凄いもの”が何なのか気になったのでここは素直に彼の質問にイエスと答える事にした。
「うん!何?」
「いいからついて来て!すぐ近くだから!」
そう言ってフィリックスは観光客でごった返す人々の合間を器用にぬいながら前へ前へと進んで行く。
ハート型のパンを片手にイヤホンで音楽を聴きながら颯爽と歩く美女。
昼間からレストランのテラスで酒を飲み、顔を真っ赤にしながら仲間と談笑を楽しむ中年男性達。
手を繋ぎながら次の目的地へとよちよち歩く老夫婦。
ミュンヘンの中心街はいつも多くの人で賑わっている。
「どこ向かってるの?」
僕がフィリックスに尋ねると少しだけ歩くスピードを緩めながら言った。
「俺の事信じてついて来て!この先に大きな公園があるんだけど本当に面白いもの見せてあげるから期待してていいよ!」
自分でどんどんハードルを上げるフィリックスだったがその表情からは強い自信と確信的なようなものを感じる。
しばらく歩いているとその大きな公園の片鱗が見えて来た。
ミュンヘンの都会とは一変し、草や木の香りがあたりに漂い、森を抜ける爽やかな風が僕の熱くなった体を冷やしてくれる。
至る所に自然の川が流れており、公園というよりも大自然と言った表現の方が合っているのではないだろうか。
「何ここ?公園?」
「凄いだろ?イングリッシュ公園っていう場所だよ!でもまだまだこんなもんじゃないよ!ついて来て!」
自分の中ではすでにフィリックスの意図する期待感に到達したと思っていたが、さらに凄いものがあるのだと予感させるフィリックスの後について行く。
ギラギラと輝く太陽の日差しを避けるように木漏れ日の下を歩く。
バーベキューを楽しんだり、火照った体を冷やそうと川に飛び込む若者達の姿を横目に僕は少しだけ後悔した。
「水着持って来ればよかった〜」
そう呟く僕の声は若者達の笑い声にかき消されたのか、お構いないしにフィリックスはどんどん目的地へと進む。
僕にどうしても見せたいものがあるようだ。
それからしばらく歩いているとコンクリートでできている大きな橋に到着した。
肌と肌が触れ合うほど混雑している人の群れが橋の片側に集中し、外国人特有の「フォー」っという歓声を上げながら下を覗き込んでいる。
「皆何を見てるの?」
「見せたかったのここだよ!見てみて!」
下を覗ける隙間を見つけグイグイと間に滑り込みながら橋の下を見下ろした。
ざあざあと響く川音と共に水と水とがぶつかりあい、うねるように形を変えながら勢いよく次から次へと通り過ぎていく。
歓声を浴びながらその波の上を滑るように乗りこなしていく中年のおじさんを見ているとミッションインポッシブルのトムクルーズのように見えた。
「な!だから言っただろ〜」
さも自分がここを開拓したかのような自慢げな顔で感想を求めてくるフィリックスの顔を見ながら僕は素直に頷いた。
確かにこれは凄い。
日本では中々お目にかかれない光景であるしそれが都会の公園の中にあるとなると嫉妬心すら芽生えて来てしまう。
ミュンヘンの旅は色々大変な事もあったが、フィリックスのおかげで本当に充実したものになった。
「フィリックス色々連れてってくれてありがとうね」
器用に波を乗りこなすトムクルーズを眺めながらミュンヘンを旅立つ計画を頭の中で組み立て始めていた。