ライブハウスに行くと意識を失ってしまう体質なのだ。

体の内部をドンドンという重低音が走り抜ける。

 

中央のステージで演奏するアーティストの名前を叫ぶ人や大きく頭を上下に揺らしながら狂喜乱舞する人々・・・

 

人の頭が波のようにうねる景色に囲まれながら僕は遠のく意識とここで倒れたら危険だという危機感と必死に戦っていた。

事の発端は昨晩のフィリックスの一言だった・・・

 

「ZiN明日ドイツで有名なミュージシャンのライブ行こうぜ!超カッコイイから!友達も紹介するよ!」

 

「いい・・・よ!行こうか!」

 

内心、強烈に拒否したい思いをグッと堪えながら僕のためを思って提案してくれたフィリックスの思いを捻り潰すような事は言えずに承諾してしまった。

 

実は僕はライブハウスという所が昔からどうも苦手で、なぜか爆音を聞いていると睡魔が襲ってきてしまうのだ。

 

高校生の時に友人のライブに招待された事があったのだが、人がごった返すライブハウスのど真ん中で睡魔に襲われてしまい、その場で倒れて眠ってしまった事がある。

 

それ以来、ライブハウスは僕にとって危険な場所となってしまったので音楽をやっている友人のライブイベントは、何かと理由をつけて断り続けていた。

 

いつしか地元の友人はそんな僕の事情をどこかで知ったのか、あまり誘ってこなくなっていた。

 

しかし、フィリックスはそんな僕の事情を知らない。

 

僕もその話をすればよかったのだが、あまりにもフィリックスが青い瞳を輝かせならが僕に提案してくるので断ったら悪いという思いが先にきてしまい、思わず承諾してしまったのだ。

ライブハウスに到着すると、フィリックスがすでにチケットを購入してくれていた。

 

「俺のおごりだから楽しもうぜ!」

 

まるで小学生の夏休み前のようにワクワクが爆発しそうなフィリックスの後に続いてライブハウスの中に入っていった。

 

中はすでに数百人のお客さんで埋め尽くされており、それだけ人気のバンドなんだと感じとる事はできたのだが正直あまり興味がない。

 

 

しばらくするとあたりは暗闇に包まれ、中央のステージだけにスポットライトが当てられている。

 

そろそろ始まるようだ。

 

そう思った瞬間、突然場内に響き渡るような爆音が流れ始め外国人が得意とする「フォー!!!」っという甲高い歓声と共に何を言っているのか理解できない歌声が流れてきた。

 

音量が大きすぎてもはや英語なのかドイツ語なのかも聞き取る事が困難な状況である。

 

開始5分で瞼が重くなってきたのがわかる。

 

隣にいたフィリックスとその友人達を見るとおそらくステージに立つアーティストが歌っているであろう歌詞を口ずさみながら頭を上下に大きく振っている。

 

「フィリックス!ちょっとトイレ行ってくる!」

 

「おお!カッコイイだろメーン!!」

 

僕の伝えたい事が爆音にねじ曲げられて、フィリックスに伝わる。

 

僕も適当に「フォー!」っと言いながら、トイレに行くという事を身ぶり手ぶりでフィリックスに伝えた。

 

するとようやく理解したようで、親指を立ててトイレの方向を指差して教えてくれるフィリックスを後に僕はそのままライブハウスの出口へ直行した。

 

 

危ない所だった・・・

 

夜の湿った冷たい空気を吸い込み、脳に新鮮な酸素おくり込むと、頭がハッキリするのがわかる。

 

出口の受付けをしている人に今歌っているアーティストのライブ時間を聞くと約1時間程度だという。

 

それからしばらくライブハウスの前にある芝生の上に寝転びながら夜空の星を眺めて時間を潰していると、いつのまにか眠ってしまっていた。

 

時計を見るとあと5分でライブが終わる。

 

僕は急いでライブハウスの中に戻り、フィリックスと合流した。

 

「ZiNどこにいたの!もう終わるよ!」

 

「ちょっと混んでて動けなかった!」

 

フィリックスは自分の好きなアーティストを紹介して共感を得たかったのだろう。

 

昨晩からそんなフィリックスの気持ちを感じとっていたため、断る事も出来ずに結果的にこのような形になってしまった。

 

内心申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

しかし、フィリックスは今だにフォーフォー叫びながら興奮冷めやまぬ状態。

すでに終わる時間が近づいてきていた感じはあったので心の中で〈アンコールはやめて〜!!〉っと思っていたが、そんな事もなくライブの幕が下りた。

 

外に出るとフィリックスのTシャツは、ビショビショに濡れていた。

 

それほど興奮していたのだろう。

 

仮眠をとって体力を温存していたはずの僕の体には何故か疲労が溜まっており、帰りのバスの中でボーっと空中を眺めながらフィリックスとその友人達と一緒に、フィリックスの自宅へと向かっていた。

僕たちの隣では先ほどのライブに来ていたであろう若い青年と綺麗な女性がつり革に摑まりながら和気藹々と会話を弾ませている。

 

僕は何となく彼らの会話に耳を傾けていた。

 

「前もライブ来てなかった〜?」

 

「地元が近いから時間ある時はよく来てるよ〜」

 

「地元どこなの?」

 

「○○の近くだよ〜」(どこか聞き取れなかった)

 

「え!近いじゃん!じゃあ今度遊ぼうよ〜!」

 

そんな会話が聞こえてきた。

 

〈うわ!ナンパしてる!〉

 

心の中でそう思いながらニヤっとすると正面に座っていたフィリックスの友人もその会話を聞いていたようで、ニヤッとして僕に拳を合わせてきた。

 

僕の方からも拳を合わせると、彼は小声でこう言った。

 

「これがライブのいいところ」