丘の上に廃墟の城『スピシュ城』で絵の創造力を養う。

 

その日目を覚ますと、オレンジ色に光る太陽光がレヴォチャの街を染め始めていた。

 

窓から入る心地良い風がカーテンを揺らしている。

 

それをボーッと眺めながら僕はつぶやいた。

 

「よかった・・・まだ朝や・・・」

 

昨日はチェコからスロバキアへの大移動と刺激的な出会いのおかげで体力を使い果たした僕は、すぐにシャワーを浴びてベットに沈むように眠ってしまっていた。

 

 

起きた瞬間に脳裏に浮かんだのは

 

“今何時なのか?”

 

っという事だった。

 

今日は朝早くから丘の上に立つ、スロバキアの文化遺産『スピシュ城』に行く予定をたてていたのだが、昨夜目覚まし時計をかけ忘れていたのだ。

 

 

しかし、レヴォチャの石組みでできた家の壁が少しずつ朝焼けに照らされている景色を見て”朝”だと認識した瞬間、安心してまた眠りにつきそうになってしまった。

 

「ダメだ!行こう!」

 

体を起しTシャツと短パンを履きながら口には歯ブラシを加え、全ての準備を同時に終わらせる秘技を使うと、ものの5分で宿を出る準備が整った。

 

これまでの旅で新しい場所に向かう時の準備するスピードだけは一流になってしまったのだ。

 

 

宿のオーナーにお礼を言い街の大きなバス停に向かった。

 

数分歩いた所にバス停の広場があり、遠くから見ても読める大きな時計の針が午前9時を指していた。

 

レヴォチャからバスで15分程度の所に丘の上に建つ廃墟の城が存在する。

 

僕はいつもどおりパンとコーヒーを近くの売店で購入してバスに乗り込み、一番後ろの窓側に腰掛けた。

 

カッコイイポーズで決める少年少女

 

想像しただけでも一枚の絵が頭の中で完成してしまう。

 

この城を実際に見ればいったいどんな新しい絵の構図のアイデアを得る事ができるのかワクワクが止まらなかった。

 

やはりこの刺激が辞められない。

 

絵を描く事意外は僕にとってあまり意味がない。

 

そう思うほど今までの人生を絵に費やしてきた。

 

僕は僕の頭の中の世界を見せる事を目的として絵を描いてきたのだが、旅をして日々過ごすと絵を描いて生きるという楽しさにも気付く事ができた。

 

旅をしていると新しい刺激や絵の構図などが、とめどなく溢れ出てくる。

 

 

それらをキャンパスに描いて旅費を稼いでいる。

 

 

3年前の一日50円しか使えなかったただの貧乏学生だった僕が、今の姿を見ればどれほど希望になるだろう。

 

そんな誇らしい気持ちを胸にバスは、スピシュスケー・ポドフラディエ市に到着した。

 

 

この街の郊外にその城が建っているようだ。

 

 

バス停から街の外れへと足を進めると、すぐに広大な丘の上にポツンと建つ廃墟の城が現れた。

 

それを目印に真っ直ぐ城の方向へ続く道を進んでいると、その道の向こうに少年達がこちら側へと歩いてくるのが見えた。

 

まだ小学3年生くらいだろうか。

 

スロバキアの子供はカメラを向けると必ずカッコイイポーズをとってくれる。

 

 

今回もそんな期待を胸に彼らとの距離が徐々に近づいてきた。

 

 

少年達の後ろに建つ城の写真をとる素振りをすると彼らはカメラを向けられたと思い、皆それぞれカッコイイポーズを決めてくれた。

 

 

「見せて見せて〜」っと僕のまわりにかけよる少年達。

 

純粋で無邪気な少年達が平和に過ごせているのを感じ、すでに僕はスロバキアが好きになていた。

 

「グッドグッド!」

 

少年達は片言の英単語で親指を立てながら僕に言った。

 

そして、どこで覚えたのか分からないが、彼らは続けて僕にこう言った。

 

「ヤクーザー!!」

 

「ヤクゥーザ!」

 

「ヤクゥーザァァ!」

 

何故か日本人だという事がバレていた。

 

日本のヤクザという言葉はスロバキアの青年達の中にも広まっているようで笑いながら僕に連呼してきたのだ。

 

「ヤクゥーザーー!ハハハ〜!!」

 

笑っている間に写真を撮るとバッチリ、カッコイイポーズで決めてくれる。

 

スロバキアは今日も平和だと感じながら城に向かった。

 

丘の上の廃墟の城『スピシュ城』

15分程度歩いただろうか。

 

少しずつその廃墟の城が鮮明に見えてきた。

 

これが『スピシュスキー城』である。

 

一節には天空のラピュタのモデルになったとかどうとか言われているようだが、これは本当に絵を描くのに参考になる。

 

僕はこの時、自分の頭の中の世界にあるものと、この城がリンクする箇所がある事を発見した。

 

そこから導き出せば僕の頭の中の世界もキャンパスの上で鮮明にその姿を表すだろう。

 

 

お腹が空いたので城の外壁の前にあるベンチに座り、毎度お馴染みハム巻アボガドレタスチーズを食べながらビールを飲んだ。

 

城から見る景色は壮大で日本の常識なんてものが霞んでしまうほど何か圧倒的なものを感じた。

 

人は常識に縛られていきる事が普通になってきている。

 

しかし、その常識を壊さなければ自由な画家生活は手に入れる事はできない。

 

常識を壊すには様々な困難が待ち受けているが、それを乗り越えたものだけが見れる世界がある。

 

今頃日本では皆必死に働いている・・・

 

そんな事を想像していると、今この状況でいれる事が本当に幸せな事だと感じる事ができ、このような自由な生活を一生していこうと改めて思えた。

 

酔っ払いながら自分のこれまでの人生を自画自賛しながら、気持ち良くなってきてしまった。

 

となりのベンチには幼い子供達が芝生の上を走りまわっている。

 

それを幸せそうに見つめる母親。

 

 

酔っているせいかいつもより穏やかな時間が流れている気がした。

 

食事も済み、一眼レフの紐を首にかけて城の前の広場に被写体を合わせた。

 

ヨーロッパのほとんどの城には大砲が設置されている。

 

僕はここでこれからの人生計画で必要になってくる写真を撮る事にした。

 

僕は世界中で見つけた絵の資料となる場所で写真をとる事にしているのだ。

 

三脚でカメラの位置を固定してタイマーのボタンを押すと同時に、後ろに全力で走り大砲の上にまたがる。

 

遠すぎてカメラのシャッター音が聞こえないため、しばらく同じポーズで固まる。

 

その光景をとなりに座っていた子供が、じっと見つめていた。

 

 

これを繰り返している内に他の子供達も大砲に登って同じポーズをとってきたので一緒に記念写真を撮る形となった。

 

良い写真は撮れたのでベンチに座っていた母親に見せると、写真が欲しいという。

 

僕は財布に入っていた名刺をその場で手渡した。

 

このような何気ない出会いもまた、今後の画家活動にも繋がってくる。

 

だから旅は辞められない。

 

僕にとって旅とは人との繋がりを楽しみながら繋げる事ができる唯一の娯楽のようなものなのだ。

 

 

 

 

PS.
次回はいよいよ城の中に入る事になるが、少しグロテスクな話になるかもしれない。

 

ヨーロッパの拷問器具が生々しくそこに保管されているからである。

 

そして、そこでは具体的な拷問の方法などの詳細などが記載されている。

 

想像しただけでも痛すぎる。