集団鬱状態!ホルトバージ国立公園で異様な光景を目撃した画家の旅


一定の間隔で放置されたように転がる丸い大きな藁の塊が僕の視界の左から右に通り過ぎていき、その景色の向こうの空は地平線に広がる雲を交えながら少しずつ白から青へと染まっていた。

 

 

ガタガタと揺れるバスの車内でコーヒーを飲みながら目的地まで景色を楽しみつつ、僕はハンガリーの大平原ホルトバージ国立公園へと向かっていた。

 

「この辺で見た方が良い景色は何かありますか?」

 

今朝、目覚めてからリビングでコーヒーとパンを食べながら、今泊まっているエベスの町の一軒家のような宿を切り盛りしているお姉さんに尋ねた。

 

「ホルトバジールは絶対行った方が良いよ!」

 

いつもは物静かで冷静なお姉さんなのだが、ホルトバージを勧める時の表情からは本当にそこに行って欲しいという感情が溢れ出していた。

 

それを感じ取った僕は素直にホルトバージへと向かう事にしたのだ。

 

 

エベスの田舎町から電車で一駅の所にあるデブレツェンからバスに乗り換えて約40分で到着し、そのままホルトバージにある動物園へと直行する事にした。

 

 

そこは見渡す限りの大平原が広がっている。

土色の芝生が景色の向こうまで続き、それと空の色が相まって清々しいほど爽やかで綺麗な光景が広がっていた。

 

優しく頬を撫でるような柔らかい風にのった乾いた藁の香りが、尽きる事なく僕のまわりを取りかこみ、そして通り過ぎていく。

 

 

国立公園なので人が観光客が沢山いると想像していたが、それとは裏腹に大草原には僕意外の人間がいる気配がない。

宿のお姉さんの話ではここでカウボーイが投げ縄で牛を捕まえる所を見る事ができるという話だったのだが、カウボーイどころか人っ子1人いない。

 

いるのは一心不乱に藁を食べる牛。


太陽の光を遮るために体を泥水でコーティングしている牛。


する事がなくて寝転がりながらただボーッとしている牛・・・

期待していた光景を見る事ができないと悟った僕は動物園を出た後、当てもなくただひたすら広い敷地内を歩きまわっていた。

 

この旅では僕の頭の中の世界をさらにクリアにするため、そしてそれを絵に描き移す目的がある。

 

僕が描く絵というのは小学校低学年の頃から見ていた不思議な夢の世界。

 

深い眠りにつく時だけその夢の中をと飛び回る事が出来ていたのだが、眠りから覚めるとその景色の記憶が曖昧になり、鮮明に思い出す事ができずにいた。

 

 

しかしある日、日本最西端の与那国島にある海底遺跡の絶景を見た時にその景色と近い夢の中の景色の記憶が蘇る事を知った。

 

それからというもの頭の中の景色を鮮明にするためにこの世界一周の旅にでる事にしたのだ。

 

 

 

しかし、ここホルトバージ国立公園では夢の中の世界と重なる場所がなかったためか、そのような景色の記憶が蘇る事はなかった。

 

いくら各国の絶景を見ても夢の中で見ていない景色は蘇る事はない。

 

「ここも外れか・・・」

 

そう呟きながら当てもなく歩き続けていると、いつの間にか目の前に広大な向日葵畑が広がっていた。

「うわ!凄い!こんなに広い向日葵畑初めて見た!」

 

隙間なく咲く向日葵はまるで地面から盛り上がったもう一つの黄色い大地を作り上げているようだった。

 

しかし、それに向かって少しずつ近づいていくにつれて僕は、その異様な光景に気がついた。

 

向日葵とは太陽の方向を向いて咲くから向日葵と呼ばれているのだ。

 

勉強をしてこなかった僕でもそれくらいの常識なら知っている。

 

しかし、そこで見た光景は僕の常識をいとも簡単に打ち砕く事となる。

 

「しつこいな、もうええって・・・」

 

そこにある全ての向日葵が下を向きながらそう言っているように思えた。

雨がほとんど降らず、太陽の光が止めどなく刺さる日々に向日葵も参っていたのかもしれない。

 

その集団鬱状態の向日葵畑にそって歩いていくと、今度は馬が放し飼いにされている牧場へと到着した。

 

優しい目と何を考えているのかわからない表情に癒される。

「いつか馬を飼って大草原を走りまわりたいな〜」

 

そんな事を思いながら、それから数時間、馬と戯れているといつのまにか西の空がオレンジ色に染まっていた。

ホルトバージ国立公園は素晴らしい所ではあるが、夢の世界と関連するものを得る事が出来なかったので、もうここに来る事は2度とないだろう。

 

そんな訳でここに来た証明として記念写真を撮る事にした。

 

イメージとしてはブルースリーがカッコよく空中でキックを放っているような写真、そしてドラゴンボールの元気玉を放っている自分の姿を撮影したかったのだが、中々タイミングと位置が合わない。

 

その間もどんどん夕日が沈んでいくため、タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

 

必死に何度も何度も飛び跳ねる。

そんな僕の姿を藁で出来たおっさんとおばさんが穏やかな表情で見つめていた。

 

 

PS.

次回はハンガリーのバスキング事情について小説風に記事を書こうと思う。