雲一つない空の上を太陽が少しづつ登る。
建物の影と入れ替わるように太陽の光が街を覆い尽くしていく。
時間が経つにつれてスーツを着こなしたサラリーマンが駅に向かって歩く姿が多くなってきた。
ブランド物なのかどうか僕には一目で判断はできないのだが、外国人がスーツを着ると様になり、例えそれが安っぽい生地のスーツでも僕の目からすれば高級に見えてしまう。
僕は駅に設置されていたベンチに座り、コーヒーを飲みながらこれから仕事へと向かう彼らを横目に、これからの旅の計画を練っていた。
これからミュンヘンへ向かう事になる。
ミュンヘンにはオーストラリアを旅していた時に仲良くなったフィリックスというイケメンの友人が住んでおり、ヨーロッパを旅している事をSNSで知っていたので「ドイツに来る時は家に泊まりにおいでよ!」とメールをくれた。
お言葉に甘えて観光がてらに、彼の家に泊まりに行こうと考えていた。
コーヒーのカップをゴミ箱に投げ入れ、チケット売り場へと向かった。
ここはドイツの南の国境付近にあるトラウンシュタインという街で、ここからミュンヘンまで電車で約1時間で到着する。
チケット売り場のおばさんに一人いくらなのか尋ねると21ユーロ(約2800円)だと言う。
日本だと1時間程度の電車移動なら大体500円~600円程度なので、ヨーロッパの物価の高さを痛感した。
「高いけど仕方ないか」
独り言をつぶやきながらチケットを購入しようとすると、トントンと突然僕の肩を誰かが叩いた。
振り返ると小さな女の子と手を繋いでいる30歳前半の綺麗な女性が英語で話かけてきた。
「これからどこ向かうの?」
「今からミュンヘンに向かいますよ」
「ミュンヘンなら私たちも行くから、一緒にチケットを買うと団体割引で安くなるから一緒に買わない?」
その突然の提案にすぐに承諾すると、女性は何やらチケット売り場のおばさんとやりとりをした後、数枚チケットを手にして僕にその内の1枚を手渡してくれた。
団体でチケットを購入すると8ユーロで(約1000円)とかなり格安になる。
女性にお礼を言い、僕はそのまま改札を超えてミュンヘン行きの電車に乗り込んだのだった。
イケメンのドイツ人フィリックス
朝10時半にも関わらず、ミュンヘンの中心街は世界各国から来た観光客達で埋めつくされていた。
昨夜、Facebookでドイツ人の友人フィリックスと連絡をとり、待ち合わせ場所はこの有名なマリエン広場にしようと決めてくれた。
ホテル意外ではWi-Fiがないのでネットを使う事ができなかったため「今マリエン広場にいるよ!」という連絡もとる事ができない。
もしもお互いの認識ミスがあって、このままフィリックスと落ち合う事ができなかったら・・・
そのような事を想像しながら僕は目の前の古い建造物を見上げていた。
しかし、それから1分もたたない内に観光客の間をぬいながら「ヘーイ!ジーン!!」と笑顔でこちらへ走ってくるフィリックスの姿が見えた。
「久しぶりだね~!」
フィリックスは満面の笑で僕にハグをした後に、僕の荷物の量を見て続けて言う。
「とりあえず荷物多いから家においでよ!仲間と一緒に住んでるから紹介したいし!」
そう言ってフィリックスは僕のバックパックを背負って歩き出そうとしたが、ハッと突然何かに気づいたような顔をした。
「あとちょっとここで待ってて!おもしろいもの見れるから!」
そう言い残しフィリックスは再び荷物を地面に置いてどこかに去っていった。
突然の事だったので僕はフィリックスが去っていくその後ろ姿を見つめる事しかできなかった。
いつの間にかマリエン広場は観光客の数も増えており、まるでお祭り騒ぎのようなガヤガヤとした活気ある雰囲気に包まれていた。
フィリックスもどこかに走り去ってしまってから戻ってくる気配もない。
僕はその場から離れる事もできず、ただただ周りにいる観光客の様子をボーッと眺める事しかできずにいた。
すると突然、ワーっと上を見上げながら、ざわめき立つ観光客。
僕も釣られて上を見上げると時計の針はちょうど11時をさしており、その塔の中央で何やら動いている。
「これ凄いだろ!」
いつの間にか僕の後ろに立っていたフィリックスが両手にスパムを挟んだホットドックのようなものを持っていた。
「これ上手いから食べて!」
そう言いながら一つを僕に手渡し、もう一つに大きな口を広げてかぶりつく。
「毎日11時と12時に人形が踊る仕掛けになってるんだ!皆それ目当てでここに集まってきれるんだぜ!夜も17時と21時に動き出すよ!」
どうやらフィリックスはこの仕掛け時計を見せたかったようだ。
その街時間を利用してスパムのホットドックも買ってきてくれた。
オーストラリアで仲良くなった時、ろくに英語も話せなかった僕と仲良くしてくれていい奴だと感じていたが、今日久しぶりに再開して改めてフィリックスは本当にいい奴だと感じた。
それから5分ほど回転しながら踊る人形を眺めた後、ようやくフィリックスの家に向かう事にした。
「友達4人とマンションを借りて、共同で住んでるけど皆いい奴だから仲良くなれると思うよ!」
フィリックスがこれだけいい奴だからか僕はすんなりその言葉を受け入れる事ができた。
マリエン広場から約10分歩いた所に住宅街の一角にいかにもヨーロッパというような古びたマンションが並んでいる。
中に入るとフィリックスの同居人の友人達が歓迎してくれて簡単な挨拶をかわした後、彼らの名前を覚えるために僕から彼らに日本語漢字の名前をプレゼントした。
フィリックス(負異李楠)
ルーキー(瑠旗偉)
メリッサ(女列沙)
キュイリン(九亥厘)
これは僕が旅の中であみだした確実に距離を縮める事ができる日本人ならではの方法である。
無事に打ち解けた後、フィリックスがおもむろに冷蔵庫から何かを持ってきた。
「それなに?」
「ウォッカだよ!乾杯しようぜ!」
昼間っからウォッカを飲むのはかなりキツかったが、歓迎してくれているので飲まないわけにはいかない。
乾杯と言ったあと一気に口の中に流し込む。
コップを口から離した瞬間から寄ってくるのがわかった。
「これはキツいね!ちょっと寝たい!」
僕がそう言うと、フィリックスは僕の荷物を担ぐながら「こっちおいで!部屋用意してるから!」っと言って僕のために奇麗に掃除された部屋まで案内してくれた。
フィリックスは本当に良い奴だ。
僕はほろ酔い気分でそんな事を思いながらベットに沈むように眠りにつくのであった。