記憶がハッキリとある・・・
想像するとその時の息遣いや、まぶたの裏に焼きついた映像が鮮明に蘇ってくる。
何故このような記憶があるのか・・・
それは僕たちが小学校4年生の夏休みに起きた出来事だった。
小学生には少し大きめの真っ赤な懐中電灯を右手に構えながら年季の入ったい木の扉を開ける・・・
中は古びた畳が並ぶ和式の部屋・・・
扉を開けたせいか、懐中電灯の光が舞ったホコリに反射して一直線の光の線を作り上げている。
部屋の奥角を照らしても懐中電動の光が届かず、それに対抗するかのように暗闇の濃度が増していく。
その奥に何があるのかよく見えない。
扉を開けてすぐ目の前には掛け布団が無造作に一つだけ敷かれている。
そのさらに奥に目をやると、暗闇の中に仏壇があるのが微かにわかる。
この場から離れたいと訴える僕の下半身とは裏腹に、ここで逃げたら臆病者だと思われるプライドが逃げ出そうとする下半身を必死に押さえつけていた。
中ちゃんの家から持ってきた懐中電灯では仏壇の一部しか照らす事ができない。
それが余計に僕の恐怖心を掻き立てた。
もしもいきなり懐中電灯の光の中に顔が飛び出そうものなら、気が狂って絶叫してしまうだろう。
そんな想像を掻き立てるほど、その時の恐怖の感覚は僕の記憶から薄れる事はない。
中ちゃんが懐中電灯の光を部屋の天井の角に移動させていく。
無意識のうちに僕の視線もその光を追ってしまう。
仏壇の上で光に反射する何かがある。
「遺影や・・・」
その瞬間、恐怖で脈拍が上がるのを感じた。
それも一つではない。
仏壇の天井角にはには複数の遺影が並んでいる。
どこの誰だかわからないじいさんが喪服姿で写っている。
その横には割烹着を来たばあさんの遺影・・・
「もう帰ろう。」
そう言おうとした時、視界の右隅で何か動いたような気がする。
その瞬間、中ちゃんは僕を置いて、その部屋から飛び出していった。
本当に恐怖を感じて逃げる時は絶叫する事を忘れてしまう。
歯を食いしばりながら半分だけ空いた扉に向かって走りだす。
扉から出る瞬間ボロボロの服を来たおじさんがこちらに向かって走ってくるのが視界の片隅に見えた。
後ろから掴まれて引きづり込まれる・・・
飛び出る瞬間そんな事を想像した。
時間で言えば0.10秒ほどではないだろうか・・・
僕は無事にその古びた屋敷から飛び出した・・・
逃げ遅れた僕は一番後方・・・
前方には月明かりに照らされた古びた門の狭い出口に6人がかりで体をねじ込みながら、我先に逃げようとする姿を見て僕は叫んだ。
「怖い怖い!待って待って!」
彼らは土師小学校に通う仲の良い友人達だ。
中に入る人をジャンケンで決めて負けたのが僕と中ちゃん。
中ちゃんは頭は悪いが運動能力だけピカイチである。
後に甲子園球児になってピッチャーをするほど彼の身体能力はずば抜けていた。
彼も屋敷の中に入ったにも関わらず一番先に門の出口ににたどり着いていた。
「こいつら・・・人にやらせるだけやらせといて逃げる時はほったらかしか・・・」
そんな思いと後ろから何かが追ってくるような恐怖の錯覚が交わり、僕の足の筋肉がいつもより2倍ほど膨張した気がした。
この瞬間の僕の瞬発力は間違いなく上がっていた。
小学4年生の夏の記憶。
そのような記憶の映像が今でも僕の脳裏にこびり付いている。
※写真は実際の場所で撮影しています。
ある日の小学校での噂話・・・
「あそこのおばけ屋敷いって見たんやろ?」
もともと白い顔の武川がさらに白い顔をして夏休み中に行った地元のお化け屋敷の出来事を訪ねてきた。
「遺影あったんやろ〜!怖いな〜!」
僕は詳しい話はせずに「めちゃくちゃ怖かった!」とだけ言い残し、少しずつ昨日観たごっつええ感じの話題にすり替えた。
我ながら自分の話術には感服する。
武川は話をすり替えられた事に気付く事なく、ごっつええ感じのコントの話に夢中だ。
その日の授業も終わり、当時よく一生に下校していたコバちゃんの耳にも、噂のお化け屋敷の話が広まっていた。
「武川から聞いてんけどお化け屋敷でおばけ見たんやろ?遺影もあったんやろ!?怖〜!!」
頭の中でその映像を想像して背筋が凍る。
僕が黙っていると彼は構うことなく「今日の夜そこ行かん?」っと再びそのお化け屋敷に誘ってきた。
「絶対に行かん」
僕が答えると彼は残念そうな顔で「じゃあ昼にちょっと横通るだけ!いこや!」っと恐怖レベルを下げたプランを持ちかけてきた。
しかし、僕は2度とあそこには行かない。
苦い顔をしながら顔を横にふると、コバちゃんは残念そうに自分の家に帰っていった。
その後もお化け屋敷の噂は広がっていった・・・
噂話しを人から何度も尋ねられたせいか、何故か存在しなかった人の姿も遺影が並ぶ光景もまるで実際にあったかのように記憶に刷り込まれていく。
「誰がそんな事を言いだしたん?」
そんな事を思いながらも事実にこびりついた噂話を、まるで真実かのように思い込もうとする自分がいた。
現実には入らなかったお化け屋敷の中の構造までも頭の中で鮮明に映像化する事ができた。
ほとんどが噂の話。
実際にそこであった出来事の9割が事実とはまるで違っていた。
中にも入っていないので屋敷の中で人影なんて見るわけもなかった。
さらに言えば仏壇も遺影も見た事なんてない。
しかし・・・
僕は2度とあの屋敷には行かないと決めている・・・
ボロボロの屋敷に行ったあの日
夏休みも中盤に入ったが、宿題には一切手をつけず、毎日友人と家の近くの土師公園で遊んでいた。
住宅地のど真ん中の公園で1日中鳴き叫ぶセミの声。
何もしなくても熱気が僕の体のまわりにまとわりついてくる。
「暑いな〜・・・駄菓子屋いこや!」
金山が頬に垂れる汗をTシャツの袖で拭き取りながら言った。
金山と僕は小学2年生から中学3年生まで同じ学校に通っていた親友だ。
小学生時代では間違いなく一番女子から人気があったのがこの金山である。
女子全員まるでアイドルを見るかのような目で彼を見ていた。
しかし、後になって思い返してみると彼のモテモテ時代は小学2年生の時が一番ピークだった。
なぜかはわからないがブームが去るのが早かったのだ。
しかし、彼も女子にはあまり興味がなかったようで、チヤホヤされなくなっても本人はあまり気にしていないようだった。
「ジュース飲みたい!いこいこ!」
谷川が金山の意見に賛成した。
谷川は小学2年生の時に違う小学校から引越してきた。
黒板の前に立って自己紹介をする時に顔が揺れていた。
どうやら緊張すると顔が揺れるタイプのようだ。
ちょうど僕のとなりの席が空いていたので彼がその席で授業を受ける事になり、仲良くなるのに時間はかからなかった。
当時、僕がよく遊んでいたオバチーの家に谷川を連れていき、金山と中ちゃんとタカシで遊ぶ事が多くなっていった。
オバチーは小学生の頃からワンパクな奴でよく小学6年生の時の担任を困らせて泣かしていた。
ある日の下校途中、教室に笛を忘れたのを思い出した僕は急いで学校の教室に取りに戻った事があった。
教室の横にある階段の踊り場で泣きながらしゃがみこんでテストの採点をしている担任の姿があった。
「またオバチーに何か言われたのか・・・」
オバチーは僕たちにはかなり優しく、いつもおもしろい事を提案してくるが、大人に対する態度は強烈な所があった。
反抗期真っ只中の小学生を当時の担任の力では制御しきる事ができなかったのだ。
そんな彼らと土師公園から歩いて5分の所にある駄菓子屋に向かって走りだした。
公園の大きな滑り台を登りきるとその奥は、一軒家や田んぼが迷路のように交わった住宅街がある。
始めてきた人なら迷ってしまうそうだが、僕たちは毎日その辺を縄張りとして遊んでいたので、どこをどう通れば一番早く駄菓子屋に着くのかを知っていた。
中ちゃん、金山、谷川、オバチーが前を走っている。
「待って待って!ここ知ってる!?」
一番後ろを走っていたタカシが皆を呼び止めるように叫んだ。
汗だくで息を切らせながら古びたボロボロの平屋を指差している。
「ここお化けでるらしいで」
前を走っていたはずの4人がいつのまにか古い木でできた門の入口前に集まっていた。
普段からゾンビや怪談やUFOといった話が大好物である中ちゃんがフガフガ鼻息を立てながら言った。
「人住んでないんかな?」
そう言いながら少し空いた門の隙間から中を覗き込む。
「ここ誰も住んでないし井戸もあるらしいで」
タカシが答えた。
ボロボロの屋敷に井戸・・・
この響きが彼の好奇心をさらに刺激してしまいそうだ。
「今日夜肝試しいこや!!」
案の定、恐怖大好きな中ちゃんが提案してきた。
中ちゃんの提案に誰も反対する事なく、今夜の夜9時にこのボロボロの屋敷に戻ってくる事になった。
実際の記憶
駄菓子屋のテーブルを囲い、それぞれ好きなお菓子を食べながら話していると、いつのまにか太陽の赤い光が水稲を黄金に輝かせていた。
田んぼの向こうに太陽が沈んでいく。
「あんたら早く帰りや〜」
駄菓子屋のおばちゃんが家に帰るように促す。
いったんオバチーの家に帰り、それから夜の9時まで待つ事にした。
中ちゃんは懐中電灯をとりに一旦家に帰り、ちゃっかり晩御飯を食べてから再びオバチーの家に戻ってきた。
8時にはもう既に当たりは真っ暗闇だ。
その時点で中ちゃんの好奇心が爆発し「もう行こや!」っと当初の計画を前倒しで実行しようとしている。
少し早いが僕達は再び土師公園にある大きな滑り台を超え、その先にあるあのボロボロの屋敷に向かった。
昼に観た雰囲気とは随分変わり、夜の屋敷は不気味さに拍車がかかっている。
当たりは薄暗く、中からは人の気配を一切感じない。
やはりタカシが言うように、この屋敷には誰も住んでいないようだ。
門の手前にはいつの時代に置かれたのかもわからないほどサビついた不二家の自動販売機がある。
屋敷自体もその自動販売機と同様、何十年も放置されたような雰囲気を醸し出していた。
屋敷の門の外に立つだけで背中から延髄にかけて冷えていくような感覚がした。
中ちゃんが懐中電灯のスイッチを入れ、門の横にある扉を開き、光を当てると、そこには古びた和式便所がある。
ポットン便所のようだが、何年も使われていないためか全く匂いはしない。
ポットン便所の底に繋がる闇が僕たちの恐怖心を増加させていった。
「中・・・入ろっか・・・」
小学生1人分しか開かない門の隙間から僕たちは屋敷の中庭へと侵入する事にした。
「何これ!?何かある!!」
金山の突然の叫び声に心臓が口からこぼれ落ちろうになる。
金山の指差す方を見てみると荒れ果てた花壇のようなものがあり、その中央の地面にポッカリ穴が空いているのだ。
中ちゃんが懐中電灯でその穴の中を照らすと、そこには闇を反射しているような真っ暗な水が溜まっていた。
覗き込んでいる僕たちの顔が薄暗く反射している。
この時点でもうすでに帰りたかったが、誰からともなく「屋敷の中に入るの2人ジャンケンで決めよか・・・」っという流れになっていたので後には引けなかった。
小学生の本気をだしたジャンケンの掛け声が薄暗い屋敷の中庭に響きわたる。
結局負けたのは僕と中ちゃんであった。
中ちゃんは懐中電灯担当だったので、結局僕が屋敷の扉を開ける事に。
触るだけで呪われそうなその雰囲気に心の底から逃げ出したい気持ちでいっぱいになったが、ジャイケンで負けてしまったので後には引けない。
それに今辞めてしまえば、学校が始まってからこいつらに何を言われるのかわかったもんじゃない。
意を決して僕は真っ黒な古びた扉に手をかけたその瞬間・・・
「ヤバイ逃げろ!」
後ろにいた誰かが大声を上げ、振り返るとすでに懐中電灯担当で僕のすぐ後ろにいた中ちゃんがトップで狭い門の入口にいた。
小学生1人しか入れないほどの隙間に6人がかりで体をねじ込んで逃げる姿・・・
この時の恐怖の記憶は数十年、僕の脳裏から離れる事はなかった。
これがその日の本当の出来事・・・
噂話なんてものは9割が作り上げられた幻想にすぎない。
しかし、僕は今でもその日の1割の事実に恐怖しているのだ。
PS.
それから数十年経ったある日僕は現場にいく事にした。
夜は怖いので昼にいくと、レンガで出来た壁は取り壊され、代わりに緑の金網が設置されていた。
大人になっても夜はこの屋敷の横を通るのが怖い。
皆さんもここを通る際は、くれぐれもご注意を。
1人増えているかもしれないので・・・