絵の修行の旅に出てから、これまで何度も絵の依頼を頂いた。
今でこそ世界に5人いるクライアントさんにしか原画を得る事はなくなったが、この当時は絵の依頼を頂いても断る事なく全ての依頼を受けていたし、それが生活の糧になっていた。
しかし、そんな状況でも一度だけ理不尽な依頼を頂いて断った事がある。
ボーナスは絵の依頼
バイロンベイに長く滞在していて、そこでライブペイントを中心に絵でお金を稼いでいた。
路上でライブペイントをしているだけで通りすがる人がお金を放り投げてくれるし、ポストカードの売れ行きも申し分ない。
そして最大のボーナスは絵の依頼であった。
絵の依頼がある時は急激にお金が貯まる。
僕は常にそのボーナス収入を意識しながら絵を描いていた。
そんなある日、1人の男がライブペイントをしている時に話しかけてくる。
「僕はホテルを経営しているんだけど壁画を描いてくれない?」
突然の事だったので戸惑ったが、ひとまずそのホテルの見学をしてから決める事に。
ジャングルの中の宿
そこはバイロンベイからジャングルの奥地に車を1時間ほど進んだ所にあるレインボーテンプルと言うホテル。
ホテルと言うより民宿のような宿だが周りは自然に囲まれており、野生動物も頻繁に出没する。
この中にはステージのようなものも用意されており、ジャングルの中でひっそりと行われる音楽イベントも開催されるようだった。
トイレはポットン便所で匂いがきつい。
綺麗なトイレでしか用を足せない僕は、ここには滞在できない。
中は4回建てで螺旋状に階段がかかっており、部屋が無数にある。
セカンドVISAが欲しい・・・
宿のオーナーに依頼されたのが、壁がを僕のタッチで描いてくれとの事・・・
この宿の3階は360度壁に囲われており、その360度全ての壁に絵を描いて欲しいとの事。
しかし、この時僕はセカンドVISAを手に入れるため農場で働かなければならなかった。
セカンドVISAとはワーキングホリデーのシステムで、農場で3ヶ月以上働くとさらに1年オーストラリアに滞在する事ができる滞在許可書のようなもの。
そのVISAを手に入れるため長期間は絵の仕事ができい状況であった。
オーナーの理不尽な依頼
この大きな絵を僕のタッチで描けば恐らく3ヶ月以上はかかる。
僕は絵を描く時は絶対に手を抜かない。
中途半端な絵を描けばその作品を見た人が、そのレベルの絵を描く人と思ってしまうからだ。
それ以前に僕自身が納得できない作品は絶対に描けない。
それをオーナーに伝えると「頼む!1週間で描いてくれ!」
と僕の都合は全くの無視。
そこから僕はここのオーナーに何か違和感のようなものを感じた。
怪しかったので値段はどれほどを考えているのか尋ねると・・・
「お金払えない!泊まってもいいから!」
さらに
「5千円までなら絵具を買うから、なくなれば君の絵具を使ってくれ!」
僕の絵具はリキテックスのアクリル絵具を使っており、日本からわざわざ愛用しているものを持ってきたのだ。
3、4色買えば5千円なんて余裕で超える。
このオーナーは僕のこれからの旅の事を考えてくれていない。
できるだけ安くで絵を描いて欲しいと言う欲望が丸見えである。
僕は考えておくと言い残し、バイロンベイに戻っていった。
もちろん仕事をする気はない。
ライブペイントをしている方が、僕の絵の価値を分かってくれる人からの依頼を頂ける可能性の方が高い。
僕は僕の絵の価値を理解し、絵を大切にしてくれる人からの依頼しか受ける事はない。
ここのオーナーは僕の絵を安く扱おうとしていたので気分が悪かった。
追いかけてきたオーナー
バイロンベイにはアーツファクトリーと言うアーティストが集まる宿がある。
僕は普段車に寝泊まりしていているが、ここの受付にパスポートを渡すと中に入る事ができ、シャワーとキッチンを使わせてもらい、友人たちと朝食と夕食を食べる生活を繰り返していた。
この日も朝からアーツファクトリーで朝食を食べていた。
すると聞き覚えのある声で僕の名前を呼ぶ声がする。
よく見るとそこにはレインボーテンプルのオーナーが立っていた。
なぜ僕がここに滞在しているのを知っているのか?
僕は毎日ライブペイントをしていたので、すでにバイロンベイでは少し名が知れ渡っていた。
彼は街の人に日本人の絵描きを探していると聞き歩いて僕の居場所がわかったらしい。
それから1時間ほど「お金は払わず、絵具代を5千円まで、1週間で」と言うむちゃくちゃな条件で頼まれていた。
ずっと断っていたが、いい加減面倒になったので、わかったわかったOKOKと言うと満足して帰っていった。
もちろん僕はセカンドVISAを手に入れるため農場に働きにいく事にする。
世界を旅する画家のまとめ
たまにタダで描いてくれだとか、1週間以内に描いてくれだとか無茶なお願いをする人が来る事がある。
僕の絵は独特のタッチを出すために時間をかける必要がある。
中途半端な絵は絶対に描かない。
それは僕のプライドというか、ポリシーと言うのか・・・
とにかく無茶な依頼は断るようにしているのでわかって欲しい。
僕は完璧な商品しか売らない事にしているので。