ハンガリーでバスキングの聖地を発見した。

ハンガリーを訪れた僕だが、この国にこれといった目的はなかった。

 

ただ友人と落ち合う約束をしている次の国にオーストリアまで行くのに通過する一つの国としか考えていなかったのだ。

 

しかし、この時僕はまだ知らなかった。

 

ハンガリーがバスキング大国だという事を・・・

 

僕は世界中を絵を描きながら旅をしている。

日本と違って売る商品がなくても普通に路上で絵を描いてるだけでチップとしてお金を稼げてしまうからであり、海外では日本では得る事ができない刺激を受ける事ができるからである。

 

ヨーロッパでは数多くのパフォーマーを目撃したが、大抵の人が楽器で音楽を奏でていた。

もしかすると絵を描いて旅をしている人は僕以外には存在しないのではと思わせるほど路上で絵を描くパフォーマーを目撃する事がなかった。

 

しかし、何気なく通過するはずだったこのハンガリーでその考えが覆される事になるとは、この時の僕はまだ知るよしもなかった。

 

日本の夏祭りに似ている

僕はエベスという田舎町に滞在している。

 

そこには地平線の向こうまで広がる大きな牧場があり、人の気配がほとんどないかなりの田舎町だ。

 

昨日はホルトバージ国立公園という文化遺産に認定された広大な土地にも訪れたのだが、それ以外何も見る所がなかったので今日でハンガリーの滞在を最後の日と決めていたのだが、朝から今滞在している宿から一歩もでる事なく、すでに15時を回っていた。

 

何もする事がないエベスで、ただただ1日を浪費するのがもったいなく感じた僕は何気なくGoogleマップでエベス周辺の町を見ていると、ここから一つ隣にある大きな町ハイドゥーソボスローを発見した。

 

そこに行けば何かあるかもしれない。

 

そんな期待を胸に最後のハンガリーの旅を楽しむ事にしたのだった。

 

隣町のハイドゥーソボスローにはバスで10分程度で到着した。

 

高級な住宅街が並び、3つ星ホテルや5つ星ホテルが至る所に建てられていたが、町の雰囲気は静かで人も少なく、どこか寂しい感じがする。

さらに町の奥へと進むとそこにも大草原が広がっていた。

そこでは夕日をバックに背中に巨大な扇風機のようなものを装着し、陸から空へと飛び立つ人達が何人もいた。

後で調べてみるとどうやらモーターパラグライダーと呼ばれるスポーツらしい。

 

芝生の上に腰掛け、何をするでもなくただただボーッと空を飛ぶ飛行機とそのバックに沈みゆく夕日を眺めていた。

「もうハンガリーは十分やな。絵のインスピレーションもそれほどもらえなかったし、明日の朝からオーストリアに向かうから帰って準備しよう」

 

そんな事を考えながら、重い腰を上げ、夕日が沈む前にエベスの町へ帰る事にした。

バス停に向かう道中、何やらハイドゥーソボスローへ訪れた時の静かな町の雰囲気が一転していた。

 

町はいつのまにか、多くの人で賑わい、屋台まで出ている。

バス停へと向かうのをやめ、僕はこの町を探索する事にしたのだった。

 

色んなバスキングの種類

民族衣装と民族楽器を肩からかけ、インディアンのような出で立ちで歌を歌っている人の周りには人だかりができていた。

 

ヨーロッパのバスキングでよく目にするのがギターを弾いて歌を歌っている人なのだが、このような個性ある人達を僕はこれまでの旅で見たことがなかった。

演奏が一通り終わった後、目の前におかれたカゴに次々とチップを入れるまわりのお客さん達。箱の中には大量の札束がたまっていった。

 

他にもスプレーを使って一瞬で宇宙空間を描くバスカーもいた。

彼の名はジェームスと言い、バスキングだけで生計を立てているという。

確かに見ている限り、どんどん絵が売れていく。

ジェームスにバスキングの許可は必要なのかと尋ねると、一応建前で許可はいるのだが、別になくても大丈夫とのこと。

 

現に彼も許可を得ずにスプレーアートでバスキングをしているようだ。

 

まさか今まで特に何もなかったハンガリーにこのようなバスキングの聖地があるなんて想像すらしていなかった。

 

僕は絵具道具を持ってこずにこの町を訪れた事を後悔した。

 

しばらく町を探索し、バス停に戻るとそこでもバスキングをしている青年がいた。

彼の名はロベルト。

どうやら彼はこのサッカーボール一つを使ってバスキングをしにきていたようだ。

 

「どのくらい稼げたの?」

 

僕がロベルトに尋ねると彼はおもむろにカバンから透明の箱を取り出す。

 

透明の箱の中には大量の小銭と札束がつまっており、それを自慢するかのように僕に手渡してきた。

 

「今会ったばっかりの人にこんなもの渡したらダメ!盗まれるよ!」

 

っと僕が言うと、少し照れ臭そうにカバンの中にしまった。

 

 

この町は平和で、あまりそのような人を疑う考えがないようだ。

 

世界にでると様々な方法で生活している人と遭遇する。

 

 

日本では就職しない人間はダメなやつと言われる風潮があるが、それは日本国内だけでの考え方である事を強烈に悟った。

 

何も皆が通る道をいく事が正解ではない。

 

 

自分らしく生きるにはまわりの意見に流されず、自分が想像する生活を実現するための行動というものをとらなければならない。

 

僕はこの時、絶対に日本の常識内では生きていかないという決断を再確認した。

 

 

でなければ自分の人生に嘘をつく事になるらである。

 

 

ハンガリーでは何も得るものがなかったと思っていたが、最後の最後に自分自身の人生の生き方、考え方について大きなものを得る事となったのだ。

 

明日からはいよいよオーストリアへと向かう。

 


ハンガリーの牧場で考えた画家人生計画

いくつも積み重ねられた大きくて丸い藁
の塊が太陽の光で黄金に輝いている。

 

地面に生えた雑草をムシャムシャと
無心で食べている牛達を眺めながら
僕はその藁の頂上に寝転がり、
これまでの旅の思い出を振り返っていた。

オーストラリアへ画家として
生活できる方法を探す旅にでて
それから約2年ほど滞在していた。

 

オーストラリアでは意外と簡単に
絵を描いて生活できる方法を発見してしまい、
旅をしながら貯金が出来るまでに成長していた。

 

 

海外での画家活動には何か依存性のような

ものがあるのかもしれない。

 

 

オーストラリアの旅が終わった後に
日本に戻ったのだが、毎日が同じ日々の繰り返し。

 

何の刺激もない日々を過ごしている内に、
その退屈な毎日からまた抜け出したいと
思うようになり、帰国から約半年後には
ポルトガル行きの航空チケットを購入し、
大きな折りたたみ式のキャンパスと
絵具道具一式、ロール状のワトソン紙を持って
次は世界を回る旅にでる事にしたのだ。

 

これまでヨーロッパではポルトガル、
スペイン、イタリア、ベルギー、オランダ、
ドイツ、チェコ、スロバキアと渡り歩いてきた。

 

そして昨日の夕方から15時間かけて
スロバキアからハンガリーの田舎町である
エベスという街に到着した。

 

これまでのヨーロッパの旅の移動では
何度も何度も理不尽なトラブルに巻き込まれ
ストレスを抱えながらの旅となった。

 

しかし、それでも旅を辞めようとは思えなかった。

 

あの退屈な日本での生活をするくらいなら
ストレス込みの海外での画家活動をする方が
100倍マシだと考えていたからである。

 

それにこれまでの旅で画家活動には
人と人との繋がりが最重要な事にも気づけた。

 

旅をしていれば毎日のように新しい人と出会う事ができる。

 

これらの出会いは今後、僕の画家人生において
大きな財産になる事は容易に想像する事もができた。

 

今日の朝、エベスに到着してから
直ぐに宿探しを始め、15時間の移動で
体が疲れきっていたので一発目に発見した
一軒家をシャアする宿に飛び込んだ。

 

これからいつまで旅を続けるのか
全く予想出来なかったので、いつもは
なるべく安い宿に滞在するのだが、
この日だけは宿の値段を確認する事はしなかった。

 

とにかくシャワーを浴びてベッドで
横になりたかったのだ。

 

昨日まで公園や駅の前の
芝生で野宿をしたり、その際に
ハリネズミに遭遇したり、無駄に
電車チケットを買わされたりとかなり
ストレスと疲労が溜まっていたので
一瞬で眠りについてしまった。

 

窓から差す夕日の光に瞼を照らされて
目覚めた僕はようやくそれから数時間
眠ってしまっていた事に気がついた。

 

 

起きた瞬間から「何か食わせろ!」
っと言っているようなお腹の声が
怒涛の勢いで僕に訴えかけてきている。

 

それからすぐ近くのスーパーで
食料の買い出しをする事にした。

 

ハンガリーは物価が安いのか
3日分の食料を購入したがそれでも
たった2000ft(1000円程度)しかかからず、
後で知った事だが、宿代も1000円以内で事足りていた。

 

キッチンも完備されているので

ハンガリー初日の晩御飯はトマトスパゲティー

を食べる事にした。

 

宿の庭にはテーブルが完備されており、
そこでスパゲティーを食べながらビールを飲む事に。

 

するとどこからともなくハスキー犬が現れ
食べ物をおねだりするように僕に甘えてくる。

まだ手をつけていないスパゲティーの味を
その犬に毒味させると、「もう一回もう一回」
っといったような感じで頬を僕の太ももに
こすりつけてきた。

 

そんなに美味しいのか・・・

 

僕もお腹が空いていたので、たまらず
スパゲティーを口の中に詰め込んだ。

 

・・・

 

なんと表現すればよいのだろうか・・・

 

口の中にトマトの酸味とアメリカのお菓子を
溶かし込んだような甘みが広がる。

 

旨味は皆無と言っていいだろう。

 

 

率直に言うと「不味い」である。

 

 

しかし、お腹が空いていたので無理矢理
不味いスパゲティーを口の中に押し込み、
その味をかき消すようにビールと一緒に
胃の中へと運ぶ。

 

そうして一皿たいらげた僕は

ビール片手にエベスの街を探検する事にしたのだ。

 

車の轍が長い長い一本道に真っすぐに伸びており
その道に沿るように誰が所有しているのかも
わからない牧場が広がる。


聞こえてくる牛の鳴き声、そして
空気中で混ざり合った土と藁の独特の
匂いは僕の故郷、九州の宮崎を思い出させる。

 

一眼レフを構えながら牛に近づくと
さっきまで一心不乱に地面に生えている
雑草を食べていた牛達は一斉にこちらに
視線を向け、そのまま静止画のように
微動だにしない。

僕にシャッターチャンスの時間を
十分与えた後、再び何事もなかったかの
ように一斉に首を下げ、地面の雑草を食べる。

 

 

牛を見ているだけでこのエベスの町の
のんびりした生活環境が伺える。

やはり僕は人が行き交う都会の急からしい
生活より、このような田舎町ののんびりした
空気感の方が合っているようだ。

 

世界に刺激を求めて旅をしにきたので
そこの感覚は矛盾している事はわかっているが、
やはり旅が終わればこのようなのんびりした
環境で一生絵を描いて生きていかなければならない。

 

もしも、そのような生活が出来なければ
昔のように鬱状態に陥る可能性もありえるからだ。

 

 

それに僕は海外に移住する気もない。

 

 

日本が大好きなのだ。

 

 

なのでこれからは画家として日本で生きていける
環境作り、そしてのんびりできる場所に住む。

 

できれば海が見える場所が良い。

 

そんな事を考えていると頭の中で
沖縄の綺麗な海の前で絵を描いている
自分の姿が映像化されていった。

 

 

この時から僕は沖縄移住計画を組み立て始める事となる。

 
積み重なった藁の頂上に登り、夕日で赤く染まった
牛の群れを何気なく眺めながらビールを飲む。

 

セックスを拒否された雄牛の遠吠えが聞きながら
これからの旅、そして沖縄移住計画を具体的に
頭の中で構築させていくと何だかワクワクしてきた。

 

僕はこれまでの人生経験から
僕が強く思った事は全てが
現実になる事を知っていた。

 

なのでこれからの世界をまわる
画家活動も、日本でのんびりした
画家生活も全て上手くいくと信じていた。

 

この先の画家人生計画に何の
躊躇も不安も抱いてはいなかった。

 
それが僕の強みとなり、夢を現実に
させた要因になった事は間違いない。

 

 

思いの強さを持ち続ける事ができた人にだけ、
神様から夢を現実にできる能力を

与えられるものなのである。

 

 


スロバキアからハンガリーへ移動中に日本ではありえない日常を体験した!

 

体中のあちらこちらに鉛を
埋め込まれたかのように重く感じる。

少し体をひねるだけで背骨や
肩の関節がパキパキと音を立てている。

 

「あぁ~疲れた~」

 

僕はシャワールームで独り言をつぶやきながら
汗と土汚れでドロドロになった体をシャワーで
洗い流していた。

 

スロバキアで丘の上にある廃墟の城「スピシュ城」を
訪れ、次に描く絵のインスピレーションを頂けたので
スロバキアを訪れた目的を果たした僕はその日の内に
ハンガリーのエベスという田舎街を目指す事にしたのだが、
その道中日本ではありえない体験を2つもする事になった。

 

まず1つ目の日本ではありえない体験というのは
ヨーロッパの理不尽な交通機関のサービス。

 

これはもはやサービスとは言えない。

 

僕は今までのヨーロッパの旅で嫌というほど
そのような理不尽な体験をしてきたのだが、
やはり何度体験してもストレスに感じるし、
もういい加減にして欲しいと感じていた。

 

 

ヨーロッパには日本にはない
画家活動に役立つ刺激が沢山あるが、
この交通期間のサービスだけは最悪である。

 

スロバキアからハンガリーへ向う長旅

 

昨日の夜18時半に突然僕は
スロバキアからハンガリーに向かう事にした。

 

ハンガリーへ行く目的はその時点では

何も決めてはいなかった。

 

ただこれからの予定としてオーストリアとドイツで
友人と会う約束をしていたので、そのついでに
訪れる国くらいにしか考えていなかったのだ。

 

僕の旅の計画はいつも唐突に決まり、
その日もハンガリーに行くと決断した瞬間から
スロバキアのレヴォチャからハンガリーの

エベスという田舎町に向かう事にした。

 

夜の18時半にレヴォチャから
スピシュカー・ノバーベスという街に
バスで向かい約10分程度で到着した。

 

僕は新しい国に行く時は
何も調べずに向かう事にしている。

 

先に何があるのかわからない方が
旅を楽しむ事ができるし、わからない事が
あれば地元の人に尋ねる事で人との出会い
という確立が格段に上がるからである。

 

 

この日もハンガリーまで行く道のりで
一番効率がよい方法をバスの運転手に尋ねると
電車で行くのが一番スムーズだと教えてくれたので
スピシュカー・ノバーベスのバス停近くにある
駅で電車チケットを購入する事にした。

 

 

 

チケットの予定表ではコルツェという街から
AM6:02分出発してミシュコルツ・ティサという街に
AM7:26分到着する。

 

それから電車を乗り換えて
AM7:31分にミシュコルツ・ティサを出発し、
AM9:02ハンガリー第二の首都デブレツェン到着する予定。

 

そして最後にデブレツェンからひと駅の所にある
エベスという街へ行く予定である。

 

 

まずはスピシュカノーバベースから
電車でコシツェまで1時間で到着した。

 

この時すでに夜の8時。

 

次の日の早朝AM6:02に出発する。

 

これから約10時間、真夜中のコシツェの街で
過ごさなければならない。

 

宿を探そうとも考えたが、たかが10時間滞在するのに
普段と同じ値段の宿代を払うのがもったいなく感じ、
それなら野宿でもして時間を潰せば良いと考えた。

 

 

無計画の旅ではこのように
長時間待たなくてはいけない状況が
沢山訪れるが、僕はその無鉄砲で雑な旅が
自分を強くするような気がしていた。

 

 

日本円で一本50円ほどのビール500mlと
晩御飯の食材を購入した後、今夜の寝床を
探すためにコシツェの街を大荷物を抱えながら
歩いていると駅の近くに大きな公園を発見した。

 

これが今夜の宿。

 

お金を払う必要もない。

 

ベンチに腰掛け、ようやく落ち着いたので
晩御飯の支度へと取り掛かる。

 

いつも持ち歩いているアーミーナイフで
トマトを細かくカットし、レタスを手でちぎる。

 

それらをハムで包み込み、塩コショウをふりかけ、
一気に口の中に押し込んで数回噛んだらそれらを
ビールで流し込む。

 

最近ではこのお手軽で安上がり、
しかも美味しい旅飯にハマってしまい
毎晩のようにこれで晩御飯を済ましてしまっていた。

 

公園の通路に設置されている外灯の下、
静まり返る公園の中で一人もくもくと
体にエネルギーを補充していた。

 

 

ビール2本を飲んだあたりで
気持ちよくなってきてしまい、
まだ夜の9時だったが睡眠をとる事に。

 

 

大きなバックパックを盗まれないように
枕替わりにし、ベンチに横になる。

 

「あ~・・・俺、今一人で外国を旅してる」

 

日本に住んでいては絶対にできない体験を
している事を実感しながら、薄れゆく意識の中、
そのような事を頭の中でつぶやいていた。

 

暗闇の中、日本ではありえない状況に遭遇した。

 

ベンチに横になって何時間かたった頃、
突然僕は目覚めた。

 

公園内の外灯は消えて真っ暗闇の中
2人の人影が僕のベンチの前に立っている。

 

 

寝ぼけ眼だったのでその瞬間何が起きたのか
理解するのに数秒かかってしまった。

 

目をこすりながらその2人組をよく見ると
警察の制服を着ている。

 

そして何やら僕に話しかけているが
日本語と英語しかわからない僕には
彼らが何を言っているのか理解できなかった。

 

 

手振り身振りで話しかけてきている2人の
伝えたい事を何とか感じ取ると、
どうやら公園を閉めるの出ていけと
言いにきたようだ。

 

何時なのかiPhoneで確認しようとすると
これまでの長旅で電池を使い果たしたのか
真っ暗な画面のまま反応してくれない。

 

「今何時?」

 

僕は警察の腕時計を指差して
簡単な英語で尋ねた。

 

すると警察もそれは理解できたようで
「12」っと左手の人差指と
右手の人差指、中指を立てながら
ジェスチャーで伝えてきた。

 

 

どうやら3時間ほどベンチで寝てしまっていたようだ。

 

 

硬いベンチに横になっていたせいか
体の節々につっかえ棒が引っかかっているように感じる。

 

体をゆっくりと起こし、荷物を持って
僕は再び駅の方へと歩いていった。

 

眠気からかもう歩くのも寝床を探す気力も
なくなってしまった僕は駅の前の茂みに
荷物を放り投げてそこで眠る事にした。

 

 

背中に少しひんやりとした冷気が
芝生の根元から伝わってくる。

 

すこし湿っているようにも感じたが
強烈な睡魔には勝てず、そのまま
数分で眠りについてしまった。

 

 

それから何時間たっただろうか。

 

 

冷え切った体と体の節々の痛みを感じながら
目を冷ました。

 

 

駅の近くに設置されていた
時計の針は3時を差している。

 

「まだ3時か・・・」

 

時間の経過がやけに遅く感じながらも
眠気はすっかり無くなっていた。

 

暗闇の中、何をするでもなく
ただただ時間が過ぎるのを
その場で座り込みながら待っていた。

 

 

これまで野宿は何度もしてきたのだが、
今回の野宿が一番キツイと感じる。

 

昨日の朝からずっと動きっぱなしで
知らず知らずの内に体への負担が大きくなっていたのだろう。

 

 

背筋を伸ばし、背骨をボキボキとならしながら
何気なく茂みの奥にある芝生に目をやる。

 

 

すると暗闇の奥で何かが動いたような気がした。

 

 

駅に設置されている外灯も届かない場所なので
集中してその暗闇を見なければ何なのか確認する事ができない。

 

しかし、何かが動いているのは確かだった。

 

「猫か?」

 

最初はそう考えたが、明らかに猫よりも
小さく、地面を少しずつ移動してる様子から
それが他の何かだとは理解できたが、
依然その姿を捉える事ができずにいた。

 

 

暗闇に微かに見えるそれの形は
手のひらサイズの大きさで丸みがあり
移動する時はその体を小さく左右に揺らしている。

 

「亀?」

 

大きさと移動スピード的には亀を
想像させるが明らかに歩き肩が亀ではない。

 

 

だんだんその得体の知れないものが
僕の方向へと近づいてくる・・・

 

 

ちょうど月明かりと駅からの光が届く位置に
到達してようやくそいつが姿を現した。

 

 

 

そいつは白い針で背中が覆われていて
とんがった鼻を持ち、愛らしい目をしている。

 

 

「うわ!!ハリネズミ!!!」

 

 

野生のハリネズミを人生で始めて目撃した僕は
興奮し、写真におさめようと思い、すぐにカバンから
一眼レフをとりだしたが、充電するのを忘れていたため
電源を入れても反応してくれない。

 

 

すでにiPhoneも電池がきれていたので撮影できない。

 

この時だけは自分の旅の無計画さに本気で後悔した。

 

まさかこんな深夜の駅の前の芝生で
と遭遇するとは夢にも思っていなかった。

 

 

突発的に起こる事件が楽しくて仕方がない。

 

 

日本で過ごしていれば何の刺激もない
日々をただ淡々と過ごしていくだけであるが、
旅をしていると多くの人との出会いや
予想できないアクシデント、そして
今回のような想定外の刺激を毎日得る事ができる。

 

 

これだから旅はやめられない。

 

 

写真撮影が出来ずにショックを受けている僕の
視界から少しずつ遠ざかっていくハリネズミを
愛しむように見届けている間に、ふと自分の体が
冷え切っている事に気がついた。

 

理不尽な交通期間サービス再び

 

店内は柔らかいランプの光で照らされ
コーヒー豆の匂いが漂っている。

 

暖かいカプチーノが染み入るように
体の中に入っていくのがわかる。

 

僕は駅の前から繋がる細い暗がりの道に
ポツンと一つだけあるBARで電車が到着する
時間まで時間を潰す事にしていた。

 

BARと言ってもコーヒーがメインの小さな
お店で、もちろんお酒も完備されている。

 

 

ハリネズミを目撃した後、
駅の前の芝生でボーッと目の前の空間を
眺めながら冷え切った体を手でこすりながら温めていた。

 

すると突然僕の後方から誰かが話しかけてきた。

 

「こんな所で何してるんだ?」

 

後ろを振り返るとTシャツがはち切れそうな
ほど膨れ上がった筋肉を持つ男と
その彼女らしき女がそこに立って僕を見下ろしていた。

 

片手には瓶ビールを持っている。

 

「電車の時間まで待たなければいけないのでここで時間を潰しているだけです。」

 

「こんな所に一人でいたら危ないぞ!今からコーヒーBARにいくけど一緒に行くか?」

 

体も冷え切っていたし、ちょうど
暖かい飲み物が飲みたかったので
彼らについていく事にしたのだった。

 

店内に入った瞬間、暖かい熱気が
体にまとわりつきジンジンと体の内部に
熱が伝わっていくのがわかり、それほど
体が冷え切っていたんだなと実感した。

 

 

男と女はすでにベロベロに酔っ払っており
人目もはばからずディープキスをしている。

 

そんな彼らを横目にカプチーノを
ちびちびと飲みながら電車の出発時間まで
ここで待機させてもらう事にしたのだった。

 

 

それから数時間後、BARの窓から見える空も
徐々に灰青色に染まってきているのが見えた。

 

間もなく出発の時間が来そうだったので
男と女に別れを告げ、僕は駅の方へと歩きだした。

 

 

ようやくコシツェから離れる事ができる・・・

 

 

予定表ではAM6:02にコシツェ出発し、
AM7:26にミシュコルツ・ティサに到着する。

 

そして次にハンガリー第二の首都デブレツェン行きの
電車がAM7:31に到着し、その電車で最終目的地の
エベスに向かう。

 

 

 

これで全ての移動が終わると思うと
何だかホッとする。

 

電車で移動するだけなのでこのまま何事もなく
無事にハンガリー入りが出来るだろう。

 

 

そう思っていた・・・

 

 

コシツェの駅に無事に到着し、
そのまま何事もなく電車は走り続けていた。

 

 

予定ではこのままミシュコルツ・ティサに
到着してハンガリー行きの電車に乗り換える段取り。

 

すでにチケットも購入しているので安心していた。

 

 

しかし、何か違和感がある。

 

 

電車内の時計を見るとAM7:25・・・

 

 

乗り換えの電車が到着するのがAM7:26なのだが
電車は走り続けていてまだ駅につく気配がない。

 

すでに次の乗り換えの電車のチケットを購入しているので
まさかそれで乗れないなんて事はないだろう。

 

 

そう言い聞かせるように自分自信を納得させていた。

 

そんな僕の思いをよそにどんどん時間が過ぎていく。

 

 

結局ミシュコルツ・ティサの駅に到着したのが、
AM7:33だった。

 

ハンガリー入の電車到着予定はAM7:26。

 

もうすでにその時間が過ぎていた。

 

 

意味がわからず、チケット売り場のおばさんに
この事を尋ねるとすでにハンガリー行きの電車は
出発してしまったという。

 

しかし、すでにチケットを購入し、
僕は予定通りに電車に乗った事を告げると

 

「電車が遅れたから仕方ないね。新しいチケット買うしかないよ」

 

っと言われてしまった。

 

 

これは詐欺ではないのか?

 

 

最初にチケットを購入してその通りに
きたら乗り換えの電車がもうない。

 

そしてまた新たにチケットを買えという。

 

 

ヨーロッパの旅の移動での理不尽なトラブルは
これで何度目だろうか・・・

 

 

僕の中では怒りを通りこして諦めに変わっていた。

 

 

抗議をする気力もないほど疲れきっていたので
そのまま何も言わず、新しくハンガリー行きの
チケットを購入し、AM8:35出発の電車に
乗り込み、次の街へと向かうのであった。

 

 

やはりヨーロッパの交通期間サービスだけは
最後の最後に何かをやらかしてくれる。

 

今まで何度もこの移動サービスの悪さで
ストレスと無駄な出費をさせられてきた。

 

 

ヨーロッパの旅はもう終わりにして
しまおうかと思うほどヨーロッパの
理不尽な交通期間サービスにイライラがつのっていた。

 

そんな僕の思いとは裏腹に
和やかな朝の光が窓から差し込み、
窓ガラスに額を押しつけた僕の顔を
優しく包こむようにおぼろげに輝いている。

 

 

窓から手前に見える景色は瞬時に通りすぎ、
遠くに見える田園や山の景色は左から右へ
ゆっくりと移動しているように見える。

 

ガタンゴトンと一定のリズムで刻まれる
電車の音と揺れは心地よく、心身ともに疲れきった
僕にはまるで子守歌のように聞こえていた。

 

 

それから当然何事もなく、
無事にハンガリー第二の首都デブレツェン
に到着し、そこから一駅の所にある田舎街の
エベスに到着する事ができた。

 

約15時間の大移動。

 

ほのぼのとした田舎街の景色を見る事もなく
そのまま宿探しを始め、一発目に見つけた
宿へと飛び込み、シャワーを浴びた。

 

 

今回の大移動はヨーロッパの旅で
一番疲れた1日だったかもしれない。

 

 

次からはもう少し計画的に
旅を進めようと決意し、昨日からの
出来事を思い返しながら、ベットに
沈むように横たわったのだった。

 

 

 

 


美女が多い国スロバキアからハンガリーへ向かう。

 

焦げるような太陽の下、ほのかに香る雑草の上で
僕は何度も何度も飛び跳ねていた。

 

スロバキアの文化遺産であるスピシュ城をバックに
三脚に一眼レフをセットして一人で写真を撮っていたのだが、
面白みのある写真が撮りたくなり、空から城に向かって
降ってくるような自分の姿を撮影する事にした。

 

ピーピーピーッカシャ!

 

シャッターが切れる瞬間にジャンプをする。

 

一眼レフは少しの間隔をあけながら連続で
シャッターを切るように10連写自動設定にしている。

 

これを何度も繰り返している内に汗だくになりながらも
満足いく写真が数枚撮れたのでようやくスピシュ城に
別れを告げる事にした。

 

 

その光景を10メートル後方で見ていた
2人の婦人が僕にむかって拍手をしながら
ビューティフォーと笑顔で言う。

 

広い草原の中1人で必死にジャンプしている姿に
興味を持ち、最後まで見届けていたようだ。

 

そんな自分の姿を想像するとやけに恥ずかしくなり、
僕は婦人2人にセンキューとお礼を言い
そそくさとその場を離れた。

 

 

丘の上の廃墟のスピシュ城を訪れる目的も
達成した僕は次の旅の事を考えていた。

 

次に行く国はハンガリー。

 

そしてその後はオーストリアへ向かい、
ドイツに再び戻る計画を頭の中でぼんやりと構想する。

 

 

どう行くのかはまだ決めていないが
とりあえずレボチャに戻って、どの行き方が
いいのか街のインフォメーションセンターで
情報収集する事にした。

 

 

僕のポリシーとして次に訪れる街の情報は
調べないよにしている。

 

その方がワクワク感が増すし、地元の人に
尋ねる事で思いがけない情報を得たり、
良い出会いがあるからである。

 

しかし、その場所までの行き方は
先に調べておくようにしている。

 

なぜなら、その目的地までの道順で
驚くほど料金が変わってくる場合があるからだ。

 

 

レボチャ行きのバス停に到着し、
まだ時間があったので音楽を聞きながら
バス停のベンチの影で汗だくのTシャツの
胸元をつかみながらパタパタと冷たい風を
中に送り込み、熱くなった体を冷やしていた。

 

 

となりには3人の地元の女性が何やら話しており、
チラチラと僕の方を見ているのが視界の片隅で見える。

 

スロバキアの田舎街に来てから
やたらと人の視線を感じるようになった。

 

 

アジア人を一人も見なかったので
彼らからすれば黒髪で黒い目、低い鼻の
のっぺらとした顔を持つ人間が珍しいのだろう。

 

視界の角にいた女性3人が徐々に僕の目の前に
現れ、何気なく見上げると何やら僕に話かけている。

 

僕がイヤホンを耳から外すと同時に
その内の一人が英語で話しかけてきた。

 

「どこからきたの?何人?」

 

「日本人ですよ」

 

目の色がブラウンに輝き、スラッとした足を
交差させ、髪をかき上げながら続けて言った。

 

「日本人始めて見た!クールだね!」

 

昨日レボチャに到着した時も2人のスロバキアの美女に
誘われたが、今日も女性に声をかけられた。

 

どうなっているのだこの国は。

 

 

見ず知らずの外国人美女が2日続けて
話しかけてくるなんて事は僕の人生の中で
1度たりともなかったのに・・・

 

スロバキア人は日本人が好きなのだろうか?

 

この国に住めばモテモテ人生を歩めるのではないか?

 

そんな事を考えていたためか、
冷えはじめていた体に再び熱がこもってきた。

 

スタイルは抜群で、顔も美しく、
その全体の雰囲気からフェロモンのようなものも出ている。

 

一体何歳なのだろうか?

 

そんな疑問を持ったので彼女に尋ねてみた。

 

「今何歳なの?」

 

彼女は言った。

 

「16歳!」

 

僕の想像を遥かに下回る年齢だった。

 

見た目は最低でも23歳程度に見える。

 

「大人っぽいね〜!」

 

そう言うと彼女は腰をクネらせダンスを始めた。

 

意味不明ではあったが、恐らくこっちの人は

嬉しければすぐに踊る習慣でもあるのだろう。

 

そんな彼女達と話をしているとバスが到着した。

 

最後に記念撮影させてもらい、

彼女らと一緒にバスに乗り込みレボチャへと向う。

 

どうやら彼女達はレボチャで生まれ育ったようだ。

 

 

15分程度でレボチャに到着し、

スロバキアの美女達とお別れし、

僕はすぐにスロバキアに向う準備をした。

 

荷物は昨日泊まっていた宿に起きっぱなしに

していたので一旦宿に戻り、荷物をまとめて

すぐにインフォメーションセンターに向う。

 

最後のレボチャとなるのでその道中で

一眼レフで写真に収めていた。

 

子供を被写体に合わせると必ずカッコイイポーズを

してくれるが、大人はどうなのだろう?

 

そう思い何気なくは走っていた車にレンズを向けた。

 

すると子供と同じようにポーズをとってくれる。

 

スロバキアのこういった所に平和を感じる。

 

最初はスピシュ城目的で来ただけだったので

2日しか滞在しなかったスロバキアだが、

またいつか戻ってきたいと思わせる程のものがあった。

 

しかし、僕は新しい旅にでなければならない。

 

新しい土地にいけばそこからまた新しい

絵のインスピレーションを得る事ができるからであり、

絵を生業としているため、その感覚を得る事は必須なのだ。

 

 

大好きになったスロバキアを出発するために僕は

インフォメーションセンターへと向うのであった。

 

 

 

 

PS.

次はスロバキアからハンガリーまでの

旅の話をするが、かなりキツい旅路になってしまった。

 

その旅路の途中で野宿をせざる終えない状況に

陥ってしまったのだが、その時に

日本では絶対にありえないものの姿を目の当たりにした。

 

それでは次回をお楽しみに。

 

 


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プロフィール
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世界画家旅人:ZiN

高校2年生の時に画家を目指す事を決断する。22歳の時にようやくデザイナー専門学校に通い学費を稼ぎがら毎日睡眠2時間、1日50円しか使えない超貧乏学生時代を経験。

画家になるために海外に絵の修行へ行く。画家として活動しながら世界43ヶ国以上を旅をしている。

2017年10月第一子誕生。
画家を目指し始めてから10年以上の努力が実を結び、ようやく絵で生活できるようになり、毎日絵を描きながら家族と自由気ままな生活を送っている。現在はこれまでの旅の経験と出会いを利用して日本でその才能が埋もれてしまっているアーティストに海外からの絵の仕事を紹介している。

毎年正月はハワイでライブペイント。毎年2回は沖縄、東京で個展をし、NYでも開催予定。
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