右乳を触ると願いが叶うミュンヘンの旅

ミュンヘンのマリエン広場の入り口付近にある女性像の右乳に手をあてながらフィリックスが言った。

 

「右乳だけ色変わってるだろ?これ皆が触るからだよ!」

 

「何で触るの?」

 

「右乳を触ると願いが叶うと言われているんだ!俺も何回も触ってるよ」

 

そう言いながらフィリックスは女性像の右乳をなでるように触っている。

 

「それでフィリックスの願いは叶ったの?」

 

「まぁ叶ったり叶わなかったりの繰り返しかな!」

 

満面の笑みでそう僕に言いながら、次は僕の番だという事を顔の表情だけで伝えてきているを感じた。

 

 

この時の僕の将来の目標として、まずは画家として生活できるようになり、外国人と恋愛、結婚してハーフの子供を授かり、毎日南の島のビーチで絵を描いて何不自由なく過ごすという大きな夢があった。

しかしそれはいくら何でも欲張りすぎだと思い、まずはこの旅の間に叶う簡単なお願い事をした。

 

「死にたくない死にたくない死にたくない」

 

目をつぶり、右乳に手をあて、小さくつぶやきながら願いを込める。

 

 

目を開けるとフィリックスが笑いながらスマホで動画を撮影していた。

 

胸を触りながら生きる事に必死の日本人のその光景が何とも奇妙でおかしかったのだろう。

 

「おい!変なとこ撮んなよ!」

 

僕がそう言うとフィリックスはそのまま笑いながら走り出したので、僕もその後を追いかけていった。

 

ミュンヘンの街は観光客でごった返している。

 

その人の群れの間を縫うように進んでいくとフィリックスが急に立ち止まった。

 

「ZiNあの人達見てみ!凄いから!」

 

そこにはチェロを奏でる4人組がいた。

僕は音楽の事については、あまり詳しくはないが、そのパフォーマンスの凄さは素人の目からしても明らかにクオリティーの高いものだとわかる。

 

 

「この人達は毎日ここで路上パフォーマンスしてて、結構有名な人達だよ!凄いだろ!」

 

 

フィリックスは自慢げにそう言うと財布からコインを取り出し、チェロを入れるケースに投げ込んだ。

 

 

周りにいた観光客も次々とお金を入れていく。

 

 

僕もコインを投げ入れにいくとケースの中には思った以上に多くのコインや札束が無造作に散らばっていた。

 

日本では人通りの多い路上で勝手にパフォーマンスをしていると警察が来て止められてしまう事の方が多い。

 

それをフィリックスに話すとヨーロッパだとこれだけで生活している人は何万人も存在すると言う。

 

 

やはり海外は圧倒的なパフォーマンス能力を持っているとそれだけで十分生活する事ができるし、実際この時すでに僕もライブペイントをしていれば海外でなら普通に生活する事ができるようになっていた。

 

今ではこれまでの経験を生かし日本でも画家として生活し、家庭を持つ事ができるまでに成長したが、それもこれも海外での画家活動で認められてきた事がかなり大きい。

 

 

ちなみに海外で認められる方法については、こちらで語っている。

 

外国で絵を描いて認めてもらうには?経験談とその方法を語る

 

「ZiNビール飲みたいだろ?ビールを飲むのに最高の場所があるからそこで飲もうよ!」

 

「いいね!飲もう飲もう!」

 

水分の代わりにビールを飲むほど、ビール好きな僕からすれば『ビールを飲むのに最高の場所』と言ううたい文句には心が踊る。

 

そこはヴィクトアーリエンマルクトという広い公園内にテーブルを並べられたシンプルな場所だったが、すでに多くの酔っ払い達で埋め尽くされていた。

「ビール買ってくるからZiNはここに座ってて!」

 

「お金渡すからちょっと待って!」

 

「いいよそんなの!」

 

そう言って人混みに消えていくフィリックス。

 

しばらくすると右手に2本のビールジョッキを持ち、左手にはヴィクトアーリエンマルクトの名物であるパンを買って帰ってきて僕の正面に座り、ビールを手渡してくれた。

「ZiNとの再会に乾杯〜!!」

 

ジョッキをカチンと勢いよくぶつけ合い、オーストラリアでの出会いに感謝しながら二人同時にビールを口に運ぶ。

 

シュワシュワした気泡の塊が口の奥にたまり、それを後からやって来るビールがかき消すように一気に流れ込んでくる。

 

 

この感覚がたまらず二人して「ああ”〜」っと声に出す。

 

 

「ホンマに最高!!」

 

僕がそう言うとまたもやフィリックスは自慢げに言う。

 

「ここいい場所だろ!俺は毎日きてるけどね!」

 

「いいな〜ここ〜!ミュンヘン滞在する間は毎日来るわ!フィリックスが仕事してる間は多分ここで一人で飲んでると思う!」

 

「俺の友達と飲みにくれば?今から兄貴とその友達呼ぶから、仲良くなればいいじゃん!紹介するよ!」

 

それからフィリックスの兄が来る間に二人でビールを飲みながらこれまでの旅の話をしていた。

 

会話に夢中になっているといつの間にか日も落ち、あたりは祭りのような賑わいをみせていた。

 

すると突然フィリックスが立ち上がり、「ヘーイ!こっち!!」っと言い兄貴とその友達5人が合流した。

 

改めて皆で乾杯をし、これまでの事やフィリックスとの出会い、画家になるために世界中を旅している事など様々な事を語っていたが、そんな時にある事に気がついた。

 

ドイツ人はドイツ語を話すが、その場にいる皆の会話は英語で話しているという事。

 

その会話に僕が入っていなくても隣で聞き耳を立てていると英語で話している事が不思議だったので質問した。

 

 

「皆なんで英語で話してるの?普段も英語で話すの?」

 

「まぁ深くは考えないけどドイツ語を話せない人が一人でもいると仲間はずれのような感覚になるかもしれないから皆、自然と英語での会話になるんじゃないかな?」

 

 

日本人なら外国人がいる場合なら皆英語で話すが、内々の会話ならたとえそこに外国人がいたとしても日本語で話してしまう事の方が多い。

 

ドイツ人は優しい人が多く、どこか日本人と似ている所があると感じていたが、ドイツ人は日本人と同様に周りに気を配る習慣がある。

 

 

それを皆、同時に自然としてしまえる所にドイツ人の良さを感じた。

 

「ドイツ人ってホンマに優しい人多いな〜!」

 

僕が酔っ払いながらそう言うと

 

「日本人もいい人多いよ〜!」

 

っと言ってくれて初対面ではあるが、かなり打ち解ける事が出来た。

 

 

そしてこの出会いもまた後に僕の画家活動にとって必要不可欠な繋がりを生み出す事になるのだが、それはまだまだ先の話。