太陽の光が差し込む窓側の席に座り、午後の穏やかな時間を演出するBGMに耳を傾けながら僕は久しぶりにまともな食事をとっていた。
一昨日、大雨に打たれながら野宿したおかげで少し体調を崩してしまい、昨日はザルツブルクの観光を早々切り上げ、ホテルのベットに沈むように夜の8時には眠りについてしまのである。
起きた時にはすでに時計の針がちょうど午後を指しており、よく眠ったおかげなのかすっかり体調も回復していた。
昨日は晩御飯を食べずに寝てしまったので、起きてからずっとお腹の虫が食料を要求するように泣き続けている。
普段は旅費節約のために自炊しているのだが、今日だけはそんな気分にもなれず、ホテルの一階にあるレストランで昼食をとる事にした。
最近ハム巻きサラダしか食べていなかったので、肉の味が普段よりも余計にしみわたる。
お肉から吹き出す肉汁を舌の上で転がすように余すとこなく旨味を感じながら一口一口をゆっくり堪能しつつ胃の中に落としていった。
1人で目を瞑りながら美味しそうに食事を食べていたからか、隣の席にいた観光で遊びにきている4人組の日本人の奥様方が話しかけてきた。
「こんにちは。1人でここにきたの?」
「こんにちは!そうですよ!今はヨーロッパの旅をしていてこの後は中東、アフリカ、南米、中米、アメリカ、アジアと旅する予定です!」
「そうなの~!1人で凄いね~!仕事は何もしてないの?」
「今は絵を描きながら旅をしているので、それが仕事ですね~!」
「そうなの~!おばさんも絵に興味があるんだけど、どんな絵を描いてるのかな?」
iPadにあらかじめ入れていた絵画作品のアルバムを開いてそれを手渡すと、4人でテーブルの中心に顔を寄せるように僕の作品集を食い入るように眺めながら「凄い凄い」を連発している。
それはそうだ。
これまでの膨大な時間をかけて絵の表現力や画力向上に時間を割いてきたのだから。
驚かない方がおかしいに決まっている。
「私にこの南の島のシンプルな絵を描いて欲しいんだけど、サイズは小さめでお金は銀行から振り込むからお願いしてもいいかな~?」
ホテルで食事をしているだけで絵の依頼が入ってきてしまった。
僕は原画は販売していないのだが、一応絵の内容を聞くと空と入道雲と青い海と水平線に小さなヨット一つが浮かんでいるシンプルもので良いというので承諾する事にした。
それから食事と奥様方との会話を楽しんだ後、すぐにザルツブルクの街にでるための出発の準備をする事に。
今日は友人の紹介でドイツ人のミッチェルという男性と会う事になっている。
ドイツに行く時は彼に連絡すると色々と楽しませてくれると言うし、家にも泊めてくれるらしい。
まだ会った事もないのに他人を家に泊めてしまう所がドイツ人のおおらかな国民性を強調させているように感じた。
ホテルのチェックアウトを済ませ、待ち合わせ場所であるホーエンザルツブルク城の目の前にある橋の麓に向かう。
この日の日中の気温は37度を超える猛暑日となっており、直に届く太陽の光が肌に刺さるように差し込んでくる。
歩いてものの数分でシャワーを浴びたかのように身体中汗でギトギトになってしまった。
途中で公園に立ち寄ると、お腹にキャビアを詰め込んだチョウザメが公園の池に放し飼いにされていた。
近くに設置されていた看板の説明によると、80年は生きるらしい。
「高級食材が放し飼いにされているのに盗まれないのか?」
っと疑問に思いながらも待ち合わせ時間が迫っていたので公園を後にした。
待ち合わせ場所に到着すると突然、サングラスをかけた男性が話しかけてきた。
「ヘイ!ZIN!・・・ZiN?」
どうやらあらかじめ写真で僕の顔を確認していたようで、見つけた瞬間に話しかけたが本当に本人なのか後から確認してきたのが何だか妙に可笑しかった。
「そうです!ZINです!あなたがミッチェル?」
そう答えるとミッチェルは満面の笑みで「イエス!」と答えてくれた。
わざわざ車でドイツからオーストリアまで迎えにきてくれたようで、今日はザルツブルクの街を車で案内した後にドイツの自宅に連れて行ってくれるらしい。
とにかく暑いのでアイスを食べながら、お互いの事について話していた。
ミッチェルは気さくで僕自身も彼には全く気を使わずに接する事ができる。
お礼に日本語の名前をつけてあげた。
漢字の意味を伝えていないので、かなり喜んでくれたようだ。
その後、大量の荷物を車に詰め込み、身軽になったその体で、まずはホーエンザルツブルグブルク城にいく事にした。
城のまわりは急勾配で、余計に汗が噴き出してきたが城内は比較的涼しく、かなり過ごしやすくなっていた。
ヨーロッパの城には必ずと言っていいほど大砲と拷問部屋がある。
これは拷問器具の一種で在任にこれを被せて路上の柱に縛り付けて見せしめにしていたようだ。
これは400年も前に作られた操り人形。
城の地下にはコインが沢山たまっていた。
絵の参考になったのがこの城の模型。
なかなか上から城を見下ろす事がないので、どのように描いていけば立体的に見えてくるのかこの模型を参考にできるので非常に役に立つ。
ザルツブルク城では他にも様々な刺激を受ける事ができた。
次はザルツブルク城から少し離れた山の上まで車で向かう事に。
ミッチェルが微かに見える2つのコブのような向こうの山頂を指差しながらその山の説明をしてくれた。
「ZiN!あの山見えるだろ?大昔の人は、地震や洪水の災害がある時はあの山の怒りをかったと考えていて、あそこには昔から悪魔が住んでいるという・・・あれがあったんだよ。」
「そんなあれがあったんや!凄いね!」
「そうそうあれあれ!なんて言うんだっけ?」
「あれやんな?わかるわかる!ど忘れした!何て言うんやっけ・・・」
奇遇にも僕達は『伝説』という簡単な英単語を2人揃ってど忘れしてしまっていた。
その英単語を思い出すためにミッチェルに尋ねた。
「その言葉をドイツ語では何て言うの?」
「ドイツ語でザーゲって言うんだよ!じゃあ日本語で何て言うの?」
「でんせつ!」
2人とも「レジェンド」という簡単な英単語が出てこない。
「まぁその内思い出すさ!そろそろ行こうか!」
ミッチェルが陽気に笑い飛ばしながらドイツの自宅へ向かう事を提案した。
思い出せないモヤモヤした気持ちを抱えながら僕達は車に乗り込み、ドイツへと走りだした。