沖縄移住にかかった費用を公開!

画家を本気で目指そうと決断しはじめた当時18歳の僕がずっと思い描いていた将来の夢は南の島で絵を描いて毎日楽しくのんびり過ごしながら絵を描く生活をする事だった。

 

それから10年以上の月日が流れた現在はすでにその夢を叶える事ができ、愛すべき家族と共に沖縄に活動拠点を置き、毎日のんびり絵を描く生活を送っている。

そして僕はこれまで、

 

画家になるために何をするべきか?

 

っという事を詳しく教えている活動もしていたのだが、ここ最近でその生徒さん達が絵を描いて収入を得るまでに成長し、「僕も沖縄に移住して絵を描く生活をしようかなと思います!」っと話してくれるまでになった。

 

 

そこで、今回のこの記事では地方から沖縄に活動拠点を置いて画家活動をしようとしている人のために、沖縄移住でかかった費用をお伝えしよう。

 

 

最初に話しておくが、南の島での画家活動は僕の昔からの夢だったので理想の生活を現実にしたいと思うあまり、沖縄移住にかなりお金をかけて高額になってしまった。

 

今思えばもっと安くで移住できたのに理想を現実にしたいと思う欲が生まれてしまい本当にバカだったなと反省している。

 

 

ちなみに僕の場合だと大阪から沖縄へ家族3人での引越し費用となるので、もしもあなたが独り身ならさらに移住費用は安くなるだろう。

 

沖縄で賃貸物件を探すまでに住む場所

沖縄移住でまずしなければならない事と言えば今後住む賃貸物件を探す事であるが、その物件を探す間に住む場所も確保しなければならない。

 

独り身なら格安の宿やホテルで十分事足りるし、費用も比較的抑える事ができるだろう。

 

しかし、家族で移住となるとその分費用も高くなってしまうし、まだ子供が6ヶ月だったので、ホテルだと迷惑をかけてしまうっという思いからマンスリーマンションに1ヶ月住む事にした。

 

ここでも僕は夢の欲に歯止めをする事が出来ず、「どうせ住むなら広いテラスから海が見えるマンションが良い!」っとなってしまった。

 

1ヶ月滞在する場所に選んだのがナムラアクシスというマンション。

1ヶ月の滞在費用が

327,324円と高額ではあるが、8階のテラスから海が見え、国際通りまでタクシーで10分程度で到着するので立地条件としても申し分ない。

ただ、住んでみてわかったが、高級マンションは床がタイルになっていて寝転がるスペースがソファーとベットくらいしかなかったので、やはり普通のマンションのような床がフローリングである方が僕的には落ち着く環境だと実感した。

 

大阪から沖縄に車を送る費用

僕は車にそれほど興味もなく、嫁が小さくて乗りやすい方が良いと言うので乗用車のCUBEを購入した。

 

車の中に子供用品をギュウギュウに詰め込んでそのまま大阪から沖縄に船で送る事にした。

費用は車の大きさによって異なるがキューブの場合67,126円で送る事が出来る。

 

運行状況にもよるが、だいたい3〜4日で沖縄に到着する。

 

粗大ゴミを捨ている費用

大阪のマンションに嫁と子供の3人で過ごしていたのでどうしても家具家電で捨てなければならないものが出てきてしまう。

 

食器棚、本棚、ベッドの枠、ソファーなど車で直接ゴミ処理場に

持っていけるものは3,230円で捨てる事が出来た。

 

しかし、ベットマット、冷蔵庫、洗濯機といったものは運ぶのが大変なので直接家に取りに来てもらう事にしたのだが、この3つだけで27,000円もかかってしまった。

 

1ヶ月の食事代

沖縄に到着して先ほど紹介したマンスリーマンションに滞在していたのだが、これからずっと住む物件探しや、子供の世話などで忙しくしていたので、食事は毎回スーパーでお惣菜を買ったり、外食が中心となっていた。

 

ちなみに嫁の手料理は本当に世界一美味しい。笑

 

慣れない土地に引っ越したばかりで精神的にもあまり負担をかけたくなかったので僕が作らなくてもいいと言っただけであり、僕自身も沖縄での外食を楽しみたかったからである。

 

っと言うわけで1ヶ月の食費は147,199円と高額になった。

 

賃貸マンション契約費用

沖縄移住で一番重要なことが住む場所を決めると言うことである。

 

僕は最初海の前のマンションでテラスが広い事を条件に探していたのだが、引っ越しシーズン真っ最中の時期という事もあり、いい物件はすぐさま埋まってしまった。

 

不動産の人によると4月はネットで物件を見て内見をせずにそのまま契約してしまう人がかなり多いようだ。

 

 

少し妥協して海の前ではなく、海から近くて那覇の都会にもすぐ行ける場所で物件を探す事にした。

 

 

場所は詳しくは言えないが、3LDKの8階で海が見えてテラスがかなり広い物件で家賃10万円の場所を抑える事が出来た。

 

 

 

初期費用は379,147円でこれに住宅保険の22,000円が追加されて合わせると401,147円となる。

 

さらに車を持っているのでこの場合、警察に行って車庫証明をとらなければならないが、その費用が51,240円となり、先ほどのマンション契約の費用と合わせると452,387円となった。

 

家具購入費用

ソファー、ダイニングテーブル、ダイニングチェアー、テレビ台、ベッド、食器棚などなど、生活に必要な最低限必要なものを購入した。

 

これは人によって好みもあり、値段はピンキリではあると思うが、リビングはリラックスできる空間にしたかったのでソファーはそこそこいいものを購入する事にした。

 

家具にかかった費用は全部で346,715円となってしまったが、これは僕にとっては必要な出費なので(リラックスできる空間作りのために)無駄使いではないと今でも思っている。

 

家電購入費用

家計に一番大打撃だったのが家電である。

 

テレビ、クーラー、炊飯器、空気清浄機、冷蔵庫、扇風機、洗濯機、ダイソンの掃除機などなど、

 

総額すると120万円ほどになったが、ヤマダ電機のまとめ買い値引きは本当に素晴らしく、約50万円ほど値引きしてくれた。

 

値引きされた電化製品の購入費用は741,512円となる。

 

買い物用電動自転車

僕は仕事上よく県外や海外に出てしまう事が多く、子供を嫁に任せっきりにさせてしまう事が多い。

 

年末はハワイライブペイントをしていて、夏は沖縄の座間味という島でキャンプペイントをするし、これからは東京、大阪、海外での個展も本格的に開始していくので嫁と子供を沖縄においてくる事も増えてくるだろう。

 

そんな嫁の負担を減らすために買い物用の電動自転車を購入した。

 

これが結構高額で138,260円となった。

 

 

 

しかし・・・

 

 

 

沖縄の歩道はガタガタで整備されてない場所が多く、スーパーもマンションの下にあるのであまり自転車を利用する機会も少ないので別に買わなくてもよかったのでは?っと思っている。笑

 

日用雑貨、消耗品

これは単純に生活に必要な雑貨や消耗品を0から揃えた時にかかる費用である。

 

基本的に100均一で揃うものは100均一で購入してしまうのでそれほどお金はかからないと思っていたが、子供用品も揃えなければならなかったので少し高額になってしまった。

 

日用雑貨、消耗品の費用は69,061円となった。

 

沖縄移住の総額

さて、それではこれまで説明した沖縄移住にかかった費用を合計してみよう。

 

・1ヶ月のマンスリーマンション

・車の郵送費

 

・粗大ゴミの処理費用

 

・引越し最初の1ヶ月の食費

 

・沖縄の賃貸マンション契約初期費用

 

・家具家電購入費用

 

・日用雑貨、消耗品、自転車の費用

 

 

 

これら全てを合わせると・・・

 

 

総額2,319,814円・・・

 

 

本当にバカな事をした。

 

 

これは明らかにお金を掛けすぎである。

 

 

まずマンスリーマンションは探せはもっと安い費用で済ませる事ができるし、食費は確実にもっと抑える事ができる。

 

 

おそらくこれらだけでも33万程度の節約をする事ができるが、あまり費用の事はよく考えずに突き進んでしまった。

 

あとは車があれば自転車は別に必要ないと思う。

 

その他の粗大ゴミ処理費用や家具家電はどうしてもお金がかかってしまうのでこれは仕方ないと思う。

 

 

全てを節約すれば100万以内でも移住できると思うが、子供がいる人は思わぬ出費も重なる事があるのでできれば移住費用として150万円は用意しておいた方がいいと思う。

 

 

PS.
これから沖縄の国際通り付近に誰でも遊びに来れる南国ZiNARTギャラリーをつくる計画を立てている。

 

沖縄を中心に活動していき、年末年始はハワイでのライブペイントを毎年する予定である。

東京、大阪での個展も定期的に開催していき、海外での個展にも力を入れていく予定。

 

毎年夏は沖縄の離島でキャンプをしながら絵を描くキャンプペイントというものをしているので、興味がある人は是非遊びにきてほしい。


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沖縄で絵を描く仕事をする時に抑えておく事

沖縄で絵を描く仕事をすると言うと

 

「そんなに仕事があるのか?」

 

「やっていけるのか?」

 

っと思う人もいると思うが、
実際僕は沖縄に移住して画家活動をして
家族も養う事ができている。

これまで世界中を4年間かけて旅しながら
絵を描く仕事をしてきた後、大阪で活動して
家族を持ち、沖縄に移住して画家活動を
する事になったのだが、この生活ができるように
なるまでに本当に多くの事を学ぶ必要があった。

 

ただ絵が上手いと言うだけで
絵を描く仕事を手にいれる事は出来ない。

 

 

特に東京や大阪のような都会ではない環境で
活動するとなると画力以外にも必要なスキルと
いうものが必要になってくる。

 

 

その必要なスキルとは

自分の作品に興味を持つ人に

その価値を伝えるスキル。

 

そしてこれを伝える事で
絵の仕事につながってくるようになる。

これを世間ではマーケティングと言われているが
このスキル+独創的な作品を描ける能力
と言うものを持たなくてはいけない。

 

今の時代SNSやネット環境が整っており、
世界中と簡単につながる事が出来るので
これらを有効的に使いこなす事ができれば
沖縄でも違う国でもキャンパスとパソコンさえ
あれば絵を描く仕事を得る事ができるようになるだろう。

 

 

しかし、大抵の人はこの画力以外の
スキルの必要性に気づいていない。

 

いや、気づいてはいるが、どうしていいのか
わからない、あるいは本格的に学ぼうと
せずに後回しにしてしまっているようだ。

 

 

人を集めるスキルを持ってしまえば

その後に個展をする時でも何かイベントを
主催する時でも簡単に人を集める事も出来るのに。

学びというのは本当に大切で
一つ一つ学んで着実に画家にとって
必要なスキルを手にする事ができれば
あなたにとって最強の武器となり得るだろう。

 

僕がこれまで学んできた事と言えば

 

・専門学校で絵の描き方

 

・グラフィックデザイン

 

・海外で絵を描いて稼ぐ方法

 

・英語

 

・絵の価値を伝える方法

 

・人を集める方法

 

・文章術

 

などなど、これらはほんの一部であり、
この他にも様々なありとあらゆる事を
学んできたが、一つ一つ着実に身につけるため
数年かけて学んできた。

 

 

焦る人ほど物事を一気に学ぼうと
しすぎて結局頭の容量がパンクしてしまい、
全てが中途半場に終わってしまう。

 

 

そうならないためにもまずは
明確な目標を決めてその目標に必要なスキルを
これからじっくり時間をかけて一つ一つ
学んでいく事が重要である。

 

沖縄の画材屋さん

沖縄に来て一番心配だったのが、
画材屋さんがあるかどうかだった。

 

僕は基本的にアクリル絵具と
木製パネルと大きな水彩紙ロールと
特殊な筆を使って作品を描いているのだが、
もしも沖縄にそれらが売っていないので
あれば内地から取り寄せなければならないと
考えていた。

 

しかし、そんな不安も沖縄に引っ越してから
すぐに解決させてくれたのが、こちらの
グリーンノートという画材屋さん。

比較的なんでも揃っていたので
絵を描く道具には困らないし、
思っていたより値段も安かったので
かなり助かっている。

 

難点といえばアクリル絵具の
一番大きなサイズが売っていない事くらいである。

 

その他は大抵販売されているので
沖縄で絵を描く仕事をするなら
グリーンノートを利用すると
問題なく仕事を進める事ができるだろう。

 

 

PS.

僕は毎年夏は沖縄の座間味でキャンプを

しながら絵を描くライブペイントをしている。

 

朝、太陽の光で目覚め、そのまま

目覚まし代わりに海に飛び込むと

1日が始まったと実感できる。

 

そんな生活を皆でしてみたい。

 

座間味キャンプペイントの日にちは

メルマガでお伝えしていくので

旅行がてらにタイミングがあれば

是非遊びに来て欲しいと思う。


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沖縄に拠点をおいて画家として生きていく事にした。

これまでキャンパスと絵具を持ち運びながら
4年間ほど世界中を巡り、画家として生きていく道を
追求して来たが、結局最後は沖縄に拠点を置く事にした。

 

もちろん海外での活動をやめるというわけではない。

基本的に海外のクライアントさんを中心に
活動しているので年末年始はハワイで
ライブペイントをしている。

 

ただのファンよりコアなファンをつくる

画家として生きていくなら
都会の大阪や東京を拠点におく方が効率的だと
思う人もいるだろうが、僕の活動方法では
あまり場所は関係ない。

 

いや、それはもちろん人が多く訪れる
都会の方が自分の事を知ってくれる比率も
大きく変わり、その分絵の収入も増える事は
間違いないのだが、別にお金を稼ぐ目的で
絵を描いているわけではない。

 

沖縄で画家として活動していても
十分家族を養える収入はあるので
これ以上を求める事もしない。

多くの人は画家になるなら
数万人の人に認められないと
生きていけないと思い込んでいるようだが、
実はそうではない。

 

コアなファンをたった1000人ほど
集める事ができればそれでも十分
画家として生きていく事ができる。

 

ただのファンではなく
「コアなファン」という所がポイントである。

 

ただのファンならある程度独創的な
作品を描けるなら誰にでもファンはつくだろう。

 

しかし、コアなファンというものは
ありきたりな活動をしていると
思っているほどファンがつくスピードが遅い。

 

コアなファンをつくる方法として簡単に説明すると
あなたの人生を含めて相手に伝えるという事である。

 

 

よく考えて欲しい。

 

 

どこの誰かもわからない人の作品より
身近な友人や昔から活動を見てきた人の絵の方が
魅力的に感じないだろうか?

 

もちろん出会いの最初は皆
他人に過ぎないのだが、そこから
交流を通して自分のこれまでの活動や
考え方や人間性を見てもらう事で
他人から知り合いにステップアップする。

 

 

そこからさらに自分という人間を
相手に伝える事で確実にその距離は縮まる事になる。

 

結局は人と人との繋がりが一番大切で
そこを無視して画家として生きていく事は
不可能に近い。

 

 

この話は奥が深く、この記事一つでは
語りつくせないので、もっと詳しく知りたい人は
沖縄に旅行がてらに僕に会いにきて欲しい。

 

沖縄に行くまで待てないと言う人は

こちらの記事を読んでみてこれからの

画家活動の知識として役立てて欲しい。

SNSで絵を売る人がよくする間違いと僕のお勧めの方法

オリオンビールでも飲みながら
楽しく話せたら僕も楽しいし、
これまでの世界での活動で
日本人が知らない話やこれからの
画家活動に一番効果的な方法も知っているので
あなたにとっても確実にプラスにできる自信もある。

 

まぁ本音を言うと飲みながら
いろんな人と話をしたいだけなのだが。笑

 

沖縄で活動しても人は会いに来る

沖縄で画家活動をスタートさせてから
すでに1〜2日でかなり多くの人が
わざわざ会いにきてくれた。

 

飲み過ぎて体を壊しそうになったので
これから抑えるようにしていこうと思うのだが、
毎日「◯◯日に沖縄に行くので会えますか?」
っと連絡がくる。

これは早く対策を練らないと僕の体が持たない。

 

っと言う事で飲みにいく人と
ランチをしながら話人をする人と
ビーチでゆったり絵を描きながら

話をする人に分けていこうと思う。

連絡はSNSのメッセージは量が多過ぎて
あまりチェックしないので
メルマガのメールアドレスかそこに
ラインのIDを記載しているので
そこから連絡していただければと思う。

Gmailが一番読む機会が多いので。

 

 

PS.

僕は都会が嫌いで近くに海や川や森などの
自然がないとストレスがたまり、いい作品を
描く事が出来ない。

 

自分が納得いかない作品を多くの人に見せても
自分自身が納得できないし、あまり楽しくない。

 

ワガママと言われるとそれまでだが、
一番リラックスできる環境で100%の力を
出して描いた作品をみてもらえる方が
僕自身も納得できるし、何より楽しい。

 

まだまだ僕の事を知らない日本の人も
いると思うが、これからは沖縄での
画家活動に力を入れながら年末はハワイ、
その後は沖縄で自分のギャラリー作って
個展や東京での個展をして少しずつ僕の作品を
日本で広めていこうと思う。


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沖縄でゲイと再会したら違う男に手を出していた・・・

zamami_nicetent

沖縄県民にとって迷惑なあいつが近づいてくる・・・

 

家屋を吹き飛ばし、船は欠航になり、

外に出歩くのにも危険がつきまとう・・・

 

大型の台風は僕が滞在していた座間味にも

上陸しそうだった。

 

座間味はケラマ諸島の内の1つの島であり、

その中でも唯一ハブがいない島。

 

そして何より海の透明度が高く、

キャンプ場の前の海に満潮の時に潜ると

高い確立でウミガメと遭遇する。

greenturtle

そしてもう1つ頻繁に遭遇するものがある。

 

ものと言うより人・・・

 

座間味はゲイの憩いの場でもある。

 

ちなみに僕はゲイではないし男には全く興味がない。

 

以前、常識のないゲイと対決をした話をしたが

その話には続きがある。

 

っとその前にどのような対決だったのかは

こちらの記事を読んでおいて欲しい。

沖縄の座間味でゲイと対決した話

 

とにかく最悪なゲイであった。

 

台風が接近したので那覇市に避難

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大型の台風が接近すると島の宿の

ほとんどが閉まってしまう。

 

僕はキャンプ場でキャンプペイントと言う

その名の通りキャンプをしながら絵を描く

生活を送っていた。

 

 

 

しかし、台風がきてはテントなんて一瞬で

吹き飛んでしまう。

 

 

 

僕は仕方なく本島の那覇市に一旦避難する事にした。

 

テントを畳み、大きな荷物はキャンプ場にある

保管倉庫のような場所においたままにして

船で那覇市に戻る事にした。

 

2時間の船でようやく那覇についたので

そのままタクシーで予約していた宿に向かう。

 

 

この宿は僕が沖縄に来る時は必ず

行くのだが、もう何年もこの宿に泊まっている

鈴木のおっさんと言う人がいつもリビングで

ビールを飲みながらテレビを見ている。

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鈴木のおっさんは話しやすく陽気な人なので

いつもここの宿にきては晩ご飯を食べたり、

図書館でのんびりしにいったりと

一緒に平凡な生活をする事にしていた。

 

 

宿に戻ると鈴木のおっさんが

「あれ?戻って来たの?」

っとビール片手に話かけてきた。

 

 

台風なので何もする事がない。

 

 

 

那覇で出歩ける場所と言えば

アーケードの商店街だけである。

 

一歩国際通りに出てしまうと強い風に煽られ、

物も飛んでくるので危険なのだ。

 

 

僕は鈴木のおっさんとビールを飲むため

商店街に買い出しに出かけた。

 

安くて美味い!お勧めのタコライス屋さん

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商店街はあまり風が吹いておらず、

そこには沖縄のいつもどおりの

ゆったりした時間が流れている。

 

台風は来ているが、商店街だけは

観光客でにぎわっていた。

 

 

 

僕は沖縄は今まで何度も訪れており、

本島周辺の島も石垣島周辺の島も

全てまわりつくした。

 

そんな中で一番美味しいタコライスのお店を発見した。

 

地元でも人気で、常連客が良くここに

タコライスを買いにくる。

 

僕のお勧めのタコライス屋さん『赤とんぼ』

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何と言ってもこの値段の安さには驚きである。

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晩ご飯を作るのが面倒な時は必ずここに

タコライスを買って晩ご飯を済ましていた。

 

場所は国際通りにあるドン・キホーテの横の

商店街をまっすぐ歩くとたどりつく。

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沖縄に行った際には是非足を運んでみて欲しい。

 

避難していたゲイと再会した

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スーパーでビールを買いタコライスを購入し、

買い物がしたくなったので少しだけ商店街を

うろつく事にした。

 

 

お店の前には猫がリラックマを抱きながら

気持ち良さそうに眠っている。

zamami_neruneko

沖縄ではよくある光景である。

 

このようなラフな感じの店構えも好きで

僕は将来は海外ではなくのんびり

沖縄で過ごそうと考えている。

 

沖縄は世界的に見ても他にはないほどの

リラックスできる土地であり、世界中の

ダイバーが集まってくるほど奇麗な海がある。

 

 

そんな沖縄が大好きだ。

 

 

ゆったりした穏やかな気持ちのまま

商店街を進むとスーツを来て

アンケートをとっている人達に話しかけられた。

 

5分程度かかると言われ

面倒だったし、ビールが冷めてしまうので

断ってそのまま進んでいくと・・・

 

 

見覚えのある金髪の男

アンケートをとっている青年と一緒に

商店街のど真ん中のイスに座っている。

 

 

金髪は向こうを向いて隣に

座っているアンケート青年の肩に手をかけている。

 

 

 

僕がいる方向とは反対を向いていたので

金髪の顔が見えない。

 

もしやと思い、ゆっくり歩きながら

その2たりの横を通り過ぎようとした。

 

 

 

金髪はアンケート青年の肩に左手をかけながら

右手はお腹をさすっている・・・

 

 

 

アンケート青年は金髪にアンケートを書かされている・・・

 

その間に金髪はアンケート青年の体を

自分のもののように触っていた。

 

 

絶対にあいつだ・・・

 

っと思った瞬間金髪がこちらを振り向いた。

 

 

 

 

あのゲイだった・・・

 

 

 

 

ゲイは僕の顔を見て気付いたようで僕に声をかけてくる。

 

 

ゲイ:「へ〜〜イ!」

 

 

 

僕:「ヘ〜イ!ゲ〜〜イ」

 

 

 

ゲイ:「アイムノットゲ〜〜イ!」

 

 

 

っとアンケート青年の体を触りながら

ゲイである事を否定していた。

 

 

僕はその青年に

「この人は最悪なゲイだから気をつけて!」

と注意したがよく考えればもう既に触られている。

 

 

彼の顔も引きつっており、

かなり可哀想だったので他のアンケートを

とっている仲間の所に行き

 

「あの子ゲイに触られてるから助けてあげて」

 

っと言い残し僕はその場を後にした。

 

 

 

 

次の日にまた商店街を歩いていると

偶然アンケート青年と遭遇して目が会った瞬間

僕の所にきてお礼を言いにきてくれた。

 

 

彼によると英語で何を言っているのかわからず

意味の分からない話を永遠されて時間を長引かされ、

その間ずっとあそこを触られていたようだった。

 

 

 

 

東京の2丁目のゲイは話がおもしろいので好きだ。

 

しかし、常識のないゲイは不愉快でしかない。

 

 

 

座間味に行った時は常識のないゲイには気をつけよう。


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沖縄の座間味でゲイと対決した話

zamami-mezamasi

毎朝同じ場所から太陽が登る。

 

そして海から吹く

爽やかな風を感じながら目を覚ました。

 

 

ハンモックから起き上がり、

海を見ながらコーヒーを飲む。

zamami_hanmoku

最高の毎日を過ごしながら僕は

沖縄の離島でキャンプ生活を楽しんでいた。

 

 

場所は本島からフェリーに乗って約2時間で

到着するケラマ諸島の中の一つの島『座間味』

 

 

僕は日本に一時帰国した時は

ここにキャンプペイントをしにいく事にしている。

僕は旅する画家。

 

これまで世界43ヶ国以上を旅しながら

絵を描く仕事をしてきた。

 

 

そして世界中の島に滞在しながら

絵を描いてきたが、ここ座間味は

その世界中の中でもトップレベルの

自然と遊びが満喫できる場所である。

 

 

座間味に向う前はまるで小学生の夏休み前の様に

興奮してワクワクが止まらなくなる。

 

 

 

 

そんな僕の楽しい生活の中で

1つだけ最悪の出来事が起きた。

 

 

前兆はすでに・・・

zamami_top

ある日僕はビーチの前で釣りをしている

10代の若者達と出会った。

 

座間味の『あかばなー』と言う宿の手伝いをしに

兄弟3人で仲良く島の暮らしを楽しんでいたのだ。

 

 

彼らとビーチで話している内に

妙な噂話を聞かせてきれた。

 

変なカナダ人がこの島に上陸していると言う噂を・・・

 

 

何やらどこかの民宿に滞在していたらしく、

その晩、民宿で仲良くなった日本人男性5人と

飲みにいく事になったようだが・・・

 

そこで何かよからぬ事をしでかしたようで

しつこ過ぎるそのカナダ人に男性5人は

かなりお怒りになり、店の外に放り出したらしい。

 

それからカナダ人はその民宿から姿を消したと言う。

 

 

「ZINさんも気をつけてね!」

 

と言い残し彼らは釣りをするために

さらにビーチの奥へと去っていった。

 

 

気をつけてと言われても

この座間味は国立公園に指定されてから

多くの外国人が訪れる場所。

 

その中からその変な人をピンポイントで

探し出す事は不可能に近い。

 

僕はその話を頭の片隅においやって

気にする事なく南の島生活を楽しんでいた。

 

それから一週間後・・・

zamami_zintent

キャンプ場に10人用のテントを張っていた僕は

大きなキャンパスや荷物をテントの中に全て

しまいこみ、倉庫として使っていた。

 

寝る場所は海から一番風通りのよい

草木でできた海への通路の前にある木に

ハンモックを吊るして毎晩寝ている。

 

 

風が強い分あまり虫がこないこの場所は

僕の特別なエリアとなっていた。

 

 

 

そんな生活をしていたある日・・・

 

 

僕のテントの前に1人用のテントを

組み立てている金髪の外国人の男がいた。

 

 

彼はテントのまわりにいた日本人の男性3人に

話しかけ、テントを組み立てるのを

手伝って欲しいとお願いしているようだった。

 

悲劇の始まり・・・

zamami_kagesita

この日は絵は描かずに、知識を詰め込もうと

ビーチの日陰で読書を楽しむ事にした。

zamami_hon

沖縄の海から吹く風の心地よさに

僕はいつの間にか寝てしまっていた。

 

今日は僕の人生に必要な知識も

頭に詰め込む事ができたし、

そろそろキャンプ場に帰る事に。

 

 

もうすでに空は赤く染まり、

太陽が沈もうとしていたので帰りに島のスーパーに

よって今夜の晩ご飯の食材を買いにいく事にした。

zamami_eowari

ビールとカレーを持ってレジに並んでいると

僕の前に今日の朝きた外国人が並んでいる。

 

目が合い「君はキャンプ場にいる人だよね?」

と話しかけてきたのでそのまま一緒に帰る事にした。

 

 

 

 

慎重は180㎝くらい、金髪、

23歳で瞳はブルーに輝き奇麗な目をしている。

 

旅行をしに1人で座間味に遊びにきているようだ。

 

 

 

 

話しながらキャンプ場に到着すると

いつも僕の晩ご飯を作ってくれる

蘆野のおじさんが僕のハンモックの近くに

ブルーシートをしいてフレイと言う

ニュージーランドから日本の旅を楽しみに

やって来ていた女性とお酒と晩ご飯を食べながら

話をしていた。

 

フレイとは僕も仲良くなっており、

絵を描いている時に話しかけてきてくれて

それから数週間キャンプ場で一緒に生活している。

 

蘆野さんが「ZIN君も一緒に飲もうよ」

と誘ってくれたので晩ご飯をごちそうになり、

泡盛を飲みながらその4人で飲む事になった。

 

仕事はマッサージをしている

zamami-massage

4人で飲みながら話をしていると酔いが

まわってきてしまい、いつの間にか月明かりが

僕達を照らしていた。

 

座間味の夜は楽しい。

 

日本にいながらも外国人と交流ができ、

その国の人の考え方や、今まで知らなかった事を

知る事ができ、知識を蓄える事ができるからだ。

 

 

 

仕事は何をしているのか?

と言う話になり、フレイは英語教師、

芦野さんはビジネス創業等支援専門家をしている。

 

 

 

そして新人の金髪君に何をしているのか

訪ねるとマッサージ師をしていると言う。

 

「マッサージしてあげようか?」

 

と訪ねてきたが、何やら話す時に肩を組んで

耳元で話してくるので距離が近く、何か違和感の

ようなものがあったので断った。

 

しかし・・・

 

「お金とらないよ?俺のマッサージは

 1時間で5千円とってるけどね」

 

っとかなりしつこくお勧めしてくるので

マッサージをしてもらう事に。

 

 

確かにかなり上手い。

 

筋肉のこりが癒えていくのがわかる。

 

しかし、たまに耳元でささやくような声で

話しかけてくるので嫌な気がしていた。

 

トイレでゲイと対決

zamami-taiketu

急にトイレに行きたくなったので

トイレに行くと言い立ち上がろうとすると

 

「大丈夫大丈夫心配ない」

 

と耳元でささやいてきたので

 

「大丈夫ではない」

 

と言いながら起き上がりトイレに向った。

 

すると彼もトイレに行くと言い出し

一緒に並んで用を足す事に。

 

 

 

 

 

「ほら!俺の!」

 

と笑いながら自分の物を見せてくる。

 

 

なんだこいつは?と思いながらも

僕も用を足している途中だったので

「うんうんわかったわかった」と言いながら

全てできるまで待っていた。

 

 

 

すると・・・

 

 

 

彼が何も言わずに、しかも用を足している

最中なのにも関わらず僕の物を触ってきた。

 

まだ出ている途中なので逃げる事はできない。

 

 

 

 

この瞬間僕は思い出してしまった・・・

 

 

「変なカナダ人がいるから気をつけて」

と言われた3人兄弟の話を・・・

 

 

 

 

 

念のため僕は訪ねた。

 

 

 

「どこから来たの?」

 

 

 

 

 

彼は言った。

 

 

 

 

 

「カナダだけど?」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「こいつかーーーーーー!!!!」

 

 

気付くのが遅すぎた!

 

すでに触られてしまった!

 

 

 

 

 

怒りと気持ち悪さがこみ上げてきてしまい、

「触るな!ゲイが!!」

 

と日本語で叫びながら全てを出し切った僕は

振り返り様にカナダ人を勢い良く突き飛ばすと

後ろの壁にぶつかったゲイが跳ね返ってきた。

 

 

 

 

 

 

僕は手を一瞬で洗い、一目散に蘆野さんと

フレイがいる場所まで戻り、あいつは最悪のゲイだ

と騒いでいると何食わぬ顔でカナダ産のゲイがもどってきた。

 

 

 

 

僕は男が男を好きな気持ちを否定はしないし

悪い事でもないと思う。

 

その人が好きならそれでいいと考えている。

 

 

しかし、そんな気がない人にしつこく

迫ってくるゲイは許さない。

 

気持ち悪いし不愉快以外の何者でもない。

 

 

 

 

彼はゴメンゴメン冗談冗談と

笑いながらお酒を飲み始めた。

 

蘆野さんもフレイも僕がマッサージをされている時

から何か変な奴だと感じていたようで半笑いで

ゲイの話を聞いている。

 

気持ち悪さと怒りが収まらない僕は

顔に出てしまい、ゲイが再び肩を組んできて

耳元で「冗談だよ冗談」と1時間以上

ささやいてきたので、もういい加減

我慢できなくなり、彼の腕を降りはらいながら僕は叫んだ。

 

 

「お前ゲイだろ!」

 

 

すると彼もヒートアップしだし、

彼も叫ぶようにいい返してきた。

 

 

「なぜあれだけマッサージをしたのに

怒ってるんだ!?それなら金払え!」

 

 

・・・・・・

 

 

何を言っているんだこのゲイは?

 

もう相手にするのも面倒になってきていた時に

蘆野さんが気を利をせて今日はもう終わりにしよう!

と言ってくれた。

 

そしてブルーシートを折りたたみながら

蘆野さんは僕に小声で「あれはゲイだな」

と笑いをこらえながら言ってきた。

 

 

 

フレイも半笑いで後片付けをしていた。

 

 

 

ゲイは膝をつきながら腕を横に大きく広げて

「I,m not Gayと訴えるように言い続けている。

 

僕は彼との対決に疲れたので

すぐに寝ようとしたがここで問題が発生する。

 

ゲイがうろつく深夜の時間帯

geinigeta

僕の寝床は外に吊るしているハンモック。

 

そのハンモックの場所は

今まで飲んでいた場所からすぐ目の前。

 

このままハンモックで寝ても場所はバレているので

しつこいゲイがまたやってくるに決まっている。

 

しかし、そのままテントに戻ったとしても

テントの場所がバレてしまうので帰るに帰れなかった。

 

夜中にジーーーーっとファスナーを

開けられる事を想像すると気持ちが悪い。

 

 

 

 

なので僕はテントとは真逆の方向にある

ビーチへと繋がる草木の道を通り、

そのままビーチ沿いを歩いてキャンプ場の

一番端っこでゲイが寝静まるのを待機していた。

 

キャンプ場の隅っこはいつもビールや晩ご飯、

お弁当を作ってくれるホームレスのような出で立ち

ジロウさんが住んでいるテントがある。

 

 

 

ジロウさんは既に爆睡していたので

テント横のハンモックに寝転びながらゲイが

寝静まるのを暗闇の中で待っていたが、

深夜2時になってもなぜかゲイは眠らず、

キャンプ場を徘徊していた。

 

 

 

もしかすると僕を探しているのかもしれない。

 

 

 

最悪の気分だったが疲れていたので

そのままジロウさんのハンモックで寝てしまっていた。

 

 

 

気がつけば太陽が登っており、

ゲイのテントは無くなっていた。

 

良かった・・・

 

僕はゲイとの勝負に勝ったのだ・・・

 

 

 

 

後から知った事だが、ゲイは最初民宿に泊まり、

そこで仲良くなった5人組の男と居酒屋で

飲んでいる時に彼らの物をしつこく何度も

触っていたようでゲイだと気付いた彼らに

「ルールが守れないゲイは出て行け!」

と店から追い払われたようだった。

 

 

しかし・・・

 

この話はまだ終わらない。

 

 

 

その話の続き下の記事で話しているので
興味があれば読んでみて欲しい。
沖縄でゲイと再会したら違う男に手を出していた・・・

 

 

 

 

 

 

PS.

この記事を読んでいる人の中でも

不愉快な思いをさせてしまった人が

いるかもしれない。

 

しかし、しつこく何度もそのような行動にうつす

常識のないゲイは批判されても仕方が無いと僕は思う。

 

社会の常識としてそこは一線を引いて欲しい。


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カテゴリ:沖縄 

会社の主任にパワハラされ沖縄へ逃亡した話

taketomitrip

初めての就職先で主任のパワハラに合い、
大学へ行く為の学費も貯める事もできず、
友達の突然の死に精神的に崩壊しかけていた僕は
その状況から逃げるように沖縄へ一人旅をする事にした。

 

 

もう人と接する事に疲れていたのでとりあえず一人に
なりたかった。

 

 

今から考えてみればこの旅がきっかけで一人旅の魅力に
一気に引き込まれる事となる。

 

 

何も決めずにリュック一つと全財産の20万円を手に
飛行機に乗り込んだ。

 

 

2時間ほどで到着してから

節約のためと思い野宿しようと

考えたが結局沖縄の熱帯夜には勝てず、

宿を探して泊まる事にした。

 

お金の事を考えると

ドミトリーという相部屋に素泊まりすれば

一泊1,000円〜1,900円で泊まる事ができる。

 

 

その日はビール一杯100円の安い居酒屋で今までの
ストレスと感情を発散するように浴びるほど飲み食いした。

 

それから沖縄に滞在してのんびり

過ごしていたが、これからの具体的な

生き方というものを考える事もなく

全く何もする気が起きなかった。

 

昼は那覇市の国際通りあたりを散歩したり観光したり
夜は安い居酒屋で飲み明かす。

 

 

そんな生活を2週間したが正直楽しいとは感じなかった。

 

 

 

那覇市に何の魅力も感じなかった為、
那覇市から石垣島へ移動する事にした。

 

実は日本最西端の島

与那国島には海底遺跡があると

宿で一緒になったおじさんに

教えてもらい、かなり興味が

湧いてきたのでそのまま石垣島から

与那国島に移動する事にしたのだ。

 

与那国島では本当に神秘的な光景を目の当たりにした。

 

この時の詳しい話は

僕が書く小説の中で詳しく語っている。

 

それから石垣島に戻ってた僕は

宿代を節約する為にドミトリーに

泊まる事にしたが、そこの宿は
カプセルホテルのような作りで

一部屋づつ壁で区切られていた為
実質は一人部屋のようなものだ。

 

 

宿の人にうさぎ屋という民謡居酒屋が

有名なのを聞いたのですぐに行ってみる事にした。

 

 

しかし、初めての場所で道に迷ってしまい困っていると
遠くの方から一直線にこっちに走って向かってくる人がいた。

 

「どうしたんですか?何か探しているんですか?」

 

あんなに遠くにいたのに僕の様子に気がついて
ワザワザ走って聞きに来てくれたのだ。

 

 

彼からしたら僕は普通の観光客だったのだろうし
彼にとってそれは普通の行動だったのだと思う。

 

 

しかし、その時僕は会社でもまともに

働けない社会からしたらゴミくずのような

自分にそんな優しい言葉をかけてくれるとは
思わなかった。

 

 

一気に沖縄が好きになった。

 

 

それから石垣島の周辺の島々を

転々とし、1ヶ月半が過ぎる頃には
不安定だった気持ちも落ち着き、
気がつけばお金も底を尽きかけていた。

 

飛行機代と1週間分の宿代を残し竹富島に渡った。

taketomi-toubou2

 

ここには一度来ておりのんびりした場所だったので、
最後の島にここを選んだ。

 

 

宿代は残してあるが、ご飯代はほとんど底を尽きていた為、
宿の人にモリだけ借りて海に潜って魚を突いてそれを食べたり、
同じ部屋の人達と仲良くなって料理をご馳走になったり
近所の民家でタダで晩御飯をだしてくれたりと
何かと上手く事が運び気がつけば竹富島最終日になっていた。

 

竹富島の桟橋があり、
満ち潮になると橋の先が海に沈みその遥か彼方に夕日が沈む。

酒を飲みながら今まで沖縄で親切にしてくれた人達の優しさや、
楽しい思い出に浸りながら夕日が沈むのを見ていると心が
穏やかになるのを感じた。

taketomi-toubou2

 

それと同時にこのまま腐っては人生絶対に後悔する。

 

まだ20歳なのに夢を諦めるのは早い。

 

もう一度頑張ってみよう。

っと強く思うようにもなっていた。

 

この時点で画家として生きる事は僕の大きな夢になっていたのだ。

 

 

今自分には何が必要なのか?

それを考えた結果一つしか思い浮かばなかった。

 

 

学費が必要。つまりお金を貯める事が大優先だ。

 

 

社会人になって安い給料で一日中働いて

ストレスを感じる生活は二度としたくも

なかったし、一度挫折して僕は社会人には
向いていない事も分かったので会社では働きたくなかった。

 

 

またあの地獄の日々に戻るのはゴメンだ。

 

 

ここから大阪に戻りアルバイトで2年かけてお金を貯め、
大学ではなく専門学校に通う事になるが
まだ学費がたりず超極貧生活をする事になる。

 

 

第四話:僕の生きてきた道筋

超貧乏生活!!夢を追うため一日50円しか使えない日々・・・

 


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プロフィール
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世界画家旅人:ZiN

高校2年生の時に画家を目指す事を決断する。22歳の時にようやくデザイナー専門学校に通い学費を稼ぎがら毎日睡眠2時間、1日50円しか使えない超貧乏学生時代を経験。

画家になるために海外に絵の修行へ行く。画家として活動しながら世界43ヶ国以上を旅をしている。

2017年10月第一子誕生。
画家を目指し始めてから10年以上の努力が実を結び、ようやく絵で生活できるようになり、毎日絵を描きながら家族と自由気ままな生活を送っている。現在はこれまでの旅の経験と出会いを利用して日本でその才能が埋もれてしまっているアーティストに海外からの絵の仕事を紹介している。

毎年正月はハワイでライブペイント。毎年2回は沖縄、東京で個展をし、NYでも開催予定。
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