旅をするなら現地で安い宿を発見する方法を知った方が良い

 

雨粒が窓に衝突し、コツコツと音を立てている。

先程まで大嵐だった天気も
少しずつ回復の兆しをみせていた。

 

雨音とバスの心地良い揺れが
これまでのヨーロッパの旅で受けた
ストレスを癒してくれているような気がした。

 

これからこの先、どの程度旅が続くのか
決めていなかったため、僕はとりあえず
野宿をしたり安宿を発見したりと
旅の出費を出来る範囲で抑えていた。

 

ヨーロッパの旅ではトラブルに巻き込まれたり
無駄な出費が多かったりと、
散々な目に会う事も少なくなかった。

旅の中で起きた出来事は僕の
ストレス袋をどんどん膨張させていった。

 

 

スロバキアの都市であるブラチスラバから
バスに乗ろうとすると、予約ができていませんと
言われたり、バスに乗っていたおじさんに
適当な事を言われて大草原のど真ん中に
ポツンと立っているバス停で下ろされてしまったり・・・

 

その後は灼熱地獄の中、日陰もなく約2時間以上
その場でどうしようか途方にくれていたり・・・

 

幸いその時にトーマスという青年に
助けられ、何とか無事に大きな
バス停がある街ポプラトに到着する事ができた。

 

 

ポプラトにつくとさっきまでの
灼熱地獄が嘘のように突然の大嵐に見舞われた。

 

僕は旅をする時は次に行く街の情報を
一切調べずに出発するのだが、今回ばかりは
安宿だけでも調べておけばよかったと後悔した。

 

 

次はレヴォチャという街に向かうのだが、
もしもその街が何もない田舎街なら
宿もないかもしれない。

 

これまで何度も野宿を経験したきたが、
さすがにこの大嵐の中で野宿は危険である。

 

 

「頼むから大きい街であってくれ!」

 

 

僕は祈るような気持ちで
レヴォチャ行きのバスに乗り込んだのだった。

 

バズに乗って約2分程度たった頃、
これまでのヨーロッパの旅で
悪運を使い切ったのか、少しずつ雨の
勢いもおさまってきた。

 

 

雨さえ降らなければどんな田舎街でも問題ない。

 

宿がなければ野宿を
すればいいだけなのだから。

 

それから30分ほどバスに揺られ
ようやく目的地であるレヴォチャに
到着する事ができた。

 

空を見上げるとそこには青空が広がっており
さっきまでの大嵐が嘘のように天気は
完全に回復していた。

 

「よし!宿探しだ!!」

 

僕は意気揚々と壁に囲まれた街
レヴォチャへと突入するのであった。

 

現地で安い宿を発見する方法

世界を旅する上でどうしても
抑えておきたものが旅の出費。

 

安宿に泊まったり毎日の食事を
節約したり、なるべくお金の
かからない交通手段を選んだり・・・

 

長旅であれば長旅であるほど
これらを節約する方がよいと言えるだろう。

 

僕は世界を旅しながら画家の仕事をしている。

 

今となっては絵を描く事で収入が
発生する方法を知ってしまったので
お金に困る事はなくなったが、それでも

無駄な出費は抑えたいと考えている。

 

そこで今回は実際にスロバキアで
実行した安宿を発見する方法をお伝えしよう。

 

安宿の鍵は○つ星ホテルへ!

スロバキアのレヴォチャは
有名漫画の進撃の巨人のように
壁で囲まれた街である。

 

ここに来た理由はただ一つ。

 

この街の近くの丘の上に
廃墟と化した大昔のお城がたっており、
そこから次に描く絵のインスピレーションを
頂くためである。

 

しかし、まずはその前に
宿を探さなければならない。

 

 

安宿を一番簡単に探せる方法と言えば
もちろん現地の人に尋ねるという事である。

 

しかし、ここで問題が発生する。

 

日本人はヨーロッパの人達皆が
英語を話せると思っている人も多いようだが
実際の所そうではない。

 

田舎に至っては英語が全く通じず
かなり困ってしまう状況に陥る事もある。

 

そのような状況をさけるため
僕はとりあえず3つ星ホテルや
5つ星ホテルのようなその街で一番
高いホテルに向かうようにしている。

 

 

もちろんそのホテルに泊まる目的で
いくのではない。

 

英語が話せる人、そしてその街の
事について詳しい人と会う目的でいくのだ。

 

 

高級ホテルのフロントにいる人は
大抵の人が英語を話す事ができる。

 

そこでとりあえず
「一泊いくらですか?」
っと泊まりもしないのに訪ねてみる。

 

もちろん高額な金額を言われるので
「あ~そんなお金僕持ってません。

どこかもっと安い宿ないですか?
民泊でもいいです!」

っと言うとその街周辺で一番安くて
人気のある安宿を教えてくれる。

 

 

ホテルマンは大抵その街の宿を把握している。

 

 

この方法を使って今まで何度も
安いわりにはかなり綺麗な宿に
滞在してくる事ができたのだ。

 

当然レヴォチャでも一泊1000円の
綺麗で清潔感のある安い宿を発見する事ができた。

 

一軒家のような作りでベットは2つ
あるが、この部屋を1人で使わせて頂いた。

 

有名漫画「進撃の巨人」の街を観光する。

 

無事に安い宿にたどり着いた僕は
一眼レフカメラと少量のお金を持って
街を探検する事にした。

 

この街は大きな壁に囲まれてできた
街であり、あの有名漫画「進撃の巨人」
の世界感がそのまま再現されているようだった。

 

街の周囲は大草原に囲まれており
その先にまた同じような街が小さく見える。

 

お腹がすいたのでとりあえず
スーパーで食料を買いにいった。

 

ビールとハムとプチトマトとレタスとチーズ。

今夜の晩御飯の準備はこれで完了である。

 

そうこうしている内に太陽が
オレンジ色に輝き、街を赤く染める。

 

沈みゆく夕日を見ながら
ビールを飲み、ハム巻きチーズトマトを食べる。

 

目の前ではカップルがいちゃついている。

 

カップルの写真を撮っていると
日本人が珍しいのか、街の少年3人組が
僕に話しかけようか迷っているのか
視界の角に見える。

 

カップルから彼らに被写体を合わすと
嬉しそうにポーズを決めてくれた。

 

スロバキアの子供は無邪気で
手をふると絶対に振り返してくれる。

 

この小さな街にアジア人がくる事自体
珍しいのだろう。

 

スロバキアの首都であるブラチスラバから
色々ストレスの溜まる事もあり、かなり
長い旅路のように思えたがこうして
夕日を見ながらゆったりした時間を
過ごすと今までの疲れもすっ飛んでいく。

 

明日はいよいよスロバキアの目的である

スピシュスキー城に向かう事にする。

 

 

丘の上に立つ廃墟の城・・・

 

 

この言葉を聞いただけでも
ワクワクが止まらない。

 

 

その城は僕に何の力を与えてくれるのか・・・

 

 

こんな事を考えていると2人の女性が
こちらに近づいてきた。

 

高台の塀に坐ている僕の隣に座り
「どこからきたの?」っと英語で訪ねてきた。

 

「日本!!」

っと言うと隣に座っている方の女性が
後ろに立っていた女性に向かって
恐らくスロバキア語で「日本人だってさ」

っといった感じで話しているようだった。

 

 

そして何か2人で話している。

 

「何を話しているんだ?」
っと考えていると隣に座っている
女性が突然信じられない事を話してきた。

 

 

「あの子がホテルいきたいみたいだよ!

日本人初めて見たけどタイプなんだって!」

 

 

・・・・・・

 

 

怖すぎる・・・

 

 

まだ会って2分もたっていないのに
ホテルに誘われてしまった。

 

以前オーストラリアでストーカー被害に
あった僕は女性を少し警戒していた。

 

 

 

笑いながら誤魔化して
「疲れてるから行かない」
っと言うと、また後ろを振り返り
彼女にスロバキア語で何かを話している。

 

そして再び振り返り
「それじゃあ明日遊ばない?」
っと訪ねてきたので明日はこの街に
いない事を告げると残念そうにしていた。

 

 

夕日も沈み、当たりが真っ暗になり始めたので
宿に帰ろうとするとなぜかその2人はついてきた。

 

 

恐らく宿の場所を確認したいのであろう。

 

 

歩きながら話をしていると
それほど悪い人ではないようで
警戒する事もなくなった。

 

宿の前でその2人にさよならを告げると
僕の頬に軽くキスをして去っていった。

 

 

明日はいよいよスピシュスキー城へと向かう。

 

 


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カテゴリ:ヨーロッパ旅の記録 

画家人生の基盤を作れたオーストラリアの旅が終わる。

stanthorpe_ichigodon
ついにオーストラリアの絵描き修行の旅が
終わろうとしている。

 

「誰でも画家になれる!」

 

そう思える充実した旅だった。

 

 

ここで少し質問をしたい。

 

あなたは今現在絵を描いて生活できているだろうか?

 

日本に住む90%以上、

もしくはほぼ100%の人が

絵だけでは食べていけないと

応えるのではないだろうか?

 

僕もかつてはそうだった・・・

 

しかし、このオーストラリアの

修行の旅では画家人生の基盤となるものを

得る事になり、今ではなに不自由ない生活をしている。

 

 

 

 

オーストラリアの旅の最後はストーカーに

付きまとわれて逃げるように日本に

緊急帰国を決断してしまったが、この旅では

様々なスキルを身につける事ができた。

 

 

ケアンズで旅がスタートした時は
英語を一切話す事ができず、ホテルの
予約をとる事すらできなかったが、
旅をして1年経つ頃には英語も普通に
話せるようになり、様々な国の友人ができた。

cairnsfriend

 

画力向上と画家になる方法を
探すために旅にでたが、何から始めて
いいのかわからなかったのでとりあえず
公園で絵を描く事からスタートした。

cairns_kone

 

そこで数多くの人とふれあい、
絵の依頼まで頂けるようになった。

よく海外で活動したいけど何をしていいのか
わからないし、怖いから行く勇気がないと
言う人が僕の所へと相談しにやってくる。

 

 

世界画家旅人を見て頂くとわかると思うが、
僕も最初は何から始めていいのかわからなかったのだ。

 

 

 

とりあえず行動していれば
少しずつまわりに人が集まってきて
何とかなるものなのだが・・・

 

結果が見えないから、怖いから
英語が話せないから・・・

 

 

これらはただの言い訳である。

 

 

 

皆スタート地点は一緒だ。

 

 

 

最初は苦労するが1年も経てば
自分で考える力がつき、行動力もつく。

そして自分の力でトラブルを回避する事によって
それが自信に繋がるのだ。

 

 

 

オーストラリアでは知らない田舎町に
バスにおいていかれたり、車が山奥で
故障して合計40万円程度の無駄な出費をしたり、
真夜中の草原のど真ん中で鍵を車の中に入れたまま
ロックしていまい、身動きがとれなくなったり・・・

a-ri-beachki

 

トラブルは何度もおきたが、
今となってはいい思い出だ。

 

 

 

バイロンベイでは何度も絵の依頼を頂けるようになり
お金も貯金できるほど稼げるようになっていた。

 

 

とにかく本当に濃い1年を過ごす事ができたのだ。

 

それにたった1年で出来る事の幅が
増えたのを実感している。

 

 

 

例えば1年前にはできていなかった

 

・英語
・外国人とのコミュニケーション

 

・絵の依頼を頂く

 

・絵を描いて収入を得る

 

・迫力のある絵の描き方

 

・0円で数ヶ月過ごす

 

・気を操る

 

などなど・・・

 

 

 

 

ここでは全ては伝えきれないほど
様々な事を学び、それが実力となり
自分自身にも大きく自信がついた。

 

 

そんな僕の人生の基盤となっている
オーストラリアの旅を今日で終える。

 

 

冒頭でも話したが、
セカンドVISAを手に入れるために
働いていた農場でストーカー被害に
合ってしまったからだ。

stanthorpe_ie

 

 

友人と離れるのは悲しかったが、
ストーカーがいる場所には一瞬たりとも
いたくなかったので緊急帰国を決断させられた。

 

 

 

そんなわけで日本行きのチケットを購入して
ゴールドコーストに住む僕の絵の
クライアントさんの愛理さんに
別れの挨拶をする事にした。

 

 

彼女はグラフィックデザイナーで
超高層タワーマンションに住んでいる。

cairns_airisan

SONY DSC

 

 

愛理さんと合流してそのまま
ゴールドコーストにある動物園に行く事に。

surfer_wildairi

 

 

セカンドVISAを手に入れるために
今まで働いていたが、そこは
ストレスだらけの生活だった。

 

 

朝から夕方まで農場でイチゴを借り、
シェアハウスでシャワーを浴びようとしても
水しかでず、トイレにも鍵がない。

stanthorpe_ie

 

そしてうんこをすると流れない事もあった。

 

その上ストーカーに付きまとわれる始末・・・

 

 

 

 

しかし、僕は今動物園で自由に遊んでいる。

surfer_kaihoukan

 

プライベートもないストレスだらけの
生活から解放された僕の心は踊っていた。

surfer_kyujituoyaji

 

 

夜はカジノに行って数千円負けてしまったが、
自由を得た僕の心はそんな事では落ち込まない。

surfer_casino

 

愛理さんとオーストラリア最後の夜を過ごし、
次の朝ゴールドコーストの空港へと向かう。

 

1年ぶりの日本が楽しみで仕方ない。

 

 

 

オーストラリアから飛行機で約8時間。

nihonhe_hikouki

 

関西空港につくと母と弟の友達が
迎えにきてくれていたので

そのまま念願のうどんを食べにいく事に。

nihon_udonhisasiburi

 

久しぶりに食べるうどんは

美味しい過ぎる・・・

 

 

やはり日本食は最高だ。

 

世界で一番美味しい。

 

 

 

 

こうして僕のオーストラリアの旅は

終わりを迎えたのだが、数ヶ月後・・・

 

僕は海外の刺激的な生活が忘れられず

次は画家として世界中をまわる事になる。

 

 

 

もしも、あなたの今の現状が

何も進んでいないのであれば

それを変えるしかない。

 

 

今の日本のアート業界で成功するには

並大抵の努力では補えないものがある。

 

 

その現状を変える一番簡単な方法は

海外を旅する事だと僕は思う。

 

 

僕のしてきた方法なら誰でも挑戦する事ができるし、

海外で絵を描いて稼ぐ方法もすでに

世界画家旅人で語っている。

 

チャンスを逃さないためにも思い切って

行ってみてはどうだろうか?


海外を旅して画家になる!壁を突破して人生を変えよう!

byronbay_cyoujyoukaisei

人生には大きな壁が現れる・・・

 

画家になるために海外を旅していたが、

その旅の中でも大きな壁が立ちはだかる事が

あったが、その度に壁を突破し、画家として

成功する事ができた。

 

 

海外を旅する事を怖がらなくても良い。

 

 

 

将来のためにならないと言う嘘の情報を

信じて海外に行く事をやめる必要もない。

 

旅するだけで人生は大きく変化する事を

この世界画家旅人にで僕が証明している。

 

 

 

そして僕は今大きな壁を登っている。

 

 

 

画家になるためにオーストラリアにきて

バイロンベイと言う南国を満喫しながら

自由気ままに絵を描いて生きていた。

 

バイロンベイは自然豊かで

見た事もない景色を見る事ができる。

 

 

ジュラシックワールドのような

ジャングルの奥地にある神秘の滝や

泳ぐだけで肌かスベスベになる湖。

 

340度水平線が見える灯台。

 

光るキノコが生える草原。

 

そして僕は今、バイロンベイのジャングルを

一望できる場所を求め、崖を登っていた。

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海外を旅すると得しかしない

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カナダ人のジョン。

 

バイロンベイのキャンプサイトに

滞在していた時に仲良くなり、

バイロンベイを一望できる良い山が

あると言うので一緒に登山をする事になった。

 

ジョシュはカナダ人で普段から

陽気に話しかけてくれる。

 

カナダ人は親切で気さくな人が多いようだ。

 

 

海外を旅していると

外国人の友人が毎日できるようになった。

 

数ヶ月前まで日本に住んでいた時とは

毎日が大きく変わっていく感覚を毎日感じている。

 

 

 

 

これまで外国人の友人ができるような

事も僕の人生にはなかった事だし、

ましてや英語で話す環境なんて縁遠い生活・・・

 

 

海外を旅するだけでこれだけ

環境が変わり、今までの日本の常識に

縛られた考え方から解き放たれるようになる。

 

 

最初は英語と言う壁も現れ、

外国人と接する事から逃げた時期もあったが、

ライブペイントをして収入を得て、

英語を学びながら日々生活する内に

自然と外国人との接し方が分かってきた。

 

 

画家をしながら外国人の友人を増やすと

その友人が口コミで僕の絵を広めてくれて

そこから絵の仕事を頂く事もよくある。

 

 

 

旅に出ると得しかしない。

 

 

 

よくyahoo知恵袋の中の質問で

ワーキングホリデーVISAを利用して

海外を旅しようとしているが、

その先の生活の不安を考えてしまい、

行くかどうか迷っていると言う質問がある。

 

ワーキングホリデーで海外を旅すると

一度決めた人がこの先、就職する時に

不利になると言うデマを信じてしまい、

海外を旅する事を諦めたりしてしまう事に

僕は非常にもったいないと思ってしまう・・・

 

海外を旅するだけで今まで学んでこれなかった事や、

様々な出会いにより、人生の財産を得る事ができる。

 

自然を満喫!自然を感じる自由な生活。

byronbay_kesikipano

毎朝好きな時間に起き、

海に飛び込んで目を覚まし、

山に行こうとなればすぐに向う事ができる。

 

それでいて絵を描いて収入を得ながら

貯金もする事ができる。

 

僕は夢の暮らしをしていた。

 

山登りの途中、お腹が減ったので

昼食を食べる事にした。

 

山の上で食べる昼食は何故か

かなり美味しく感じてしまう。

 

僕は日本人なので、

山で食べる美味しい昼食は絶対に

米を食べたいと思うのだが、

ジョシュはカナダ人だからか、

大きなパンケーキを食べる。

byronbay_munagejyosyu

このような小さな事からでも

文化の違いを感じる事ができるのだ。

 

だから旅は楽しい。

 

昼食を食べ終え、

ようやく頂上に到着した。

 

 

バイロンベイのジャングルを一望できるポイント・・・

byronbay_cyoujyou1

のはずが・・・

byronbay_cyoujyou2

見えない・・・

byronbay_cyoujyou3

景色を見るために山登りをしたのに

全く何も見えない・・・

 

 

 

っと思っていると、ものの数分で

雲が姿を消し、そこには絶景が広がっていた。

かなり気持ち良い。

byronbay_cyopjyosyu

この景色を僕の絵に反映させ、

その絵で収入を得る事ができれば

この山登りも仕事の1つとなる。

 

このように自由に生きながら、

見たものを表現する仕事は画家に

ならなければする事はできなかった。

 

僕は旅にでる事で最強の武器である

絵を描いて収入を得ると言うスキルを

手にいれたのだ。

 

 

この事から旅にでると今まで持ち得なかった

スキルを手にする事ができると言う事になる。

 

 

それが人生において最高の武器や財産にもなり、

充実する人生が待っている。

 

旅に出ると決断したのなら

嘘の情報に惑わされず、

すぐに行動に移す事をお勧めしている。


旅で起きたトラブル!車の運転中にゴキブリと格闘した画家の日常

byronbay_chinramenkuu

前回のオーストラリアの記事で話した

トラブルから一夜が明けた。

 

真夜中・・・

 

寒い夜・・・

 

裸で大草原の真ん中で1人ぽつんと立っていた僕・・・

byronbay_warabi1dake

そんな状況に陥ってしまったが、

旅にトラブルはつきもの。

 

今回は僕のミスでこのトラブルが発生してしまった。

 

トラブルの詳細はこちらの

真夜中の草原で裸のまま閉め出された。

っと言う記事で書いているので

まだ見てないと言う人は読んでおいて欲しい。

 

 

 

こんな最悪の状況だったにも関わらず

僕は無事に今も旅を続けている。

 

旅をしているとトラブルが起きる度に

まわりの友人や旅の中で出会った人が

必ず助けてくれる。

 

不思議なほどに良いタイミングで

救世主が現れるのだ。

 

 

 

これは旅をしている人のあるあるで

困った時にこそ、そのような出会いは

必然的に起きる。

 

 

まず1つ目の必然的に起きた出会いは

ブラジル人でサウンドクリエイターをしている

リーフに出会った事。

byronbay_reefivent2

彼がいなければ僕は広い草原で

凍えるような寒さの中、裸で一夜を

過ごさなければならなかったであろう。

 

 

リーフのシェアハウスで一夜を明かした僕は

Tシャツを借りて町にでた。

 

車を開けてもらうために

整備士の所に行かなければ

ならなかったからだ。

 

鍵を開けてもらうだけであるが、

それだけでも恐らく50ドルくらいは

飛んでいってしまう・・・

 

なんてもったいないミスをしたのか・・・

 

そんな事を思いながら歩いていると

救世主と出会う事になる。

 

偶然ではなく必然の出会い

DSC_0635

以前ライブペイントをしている時に

ボスと言う犬と一緒に旅をしている

ブランキーと言う青年と出会った。

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彼はキャンピングカーでオーストラリアの旅を

何年も続けており、僕の絵を気にいってくれたので

一枚購入して車内に飾ってくれている。

 

整備士の所に歩いている途中その

ブランキーと偶然出会ったので話しをしていた。

 

僕の落ち込んだ顔を見て

「どうしたの?」と訪ねてきたので

昨夜の事件の詳細を話すと彼はこう言った。

 

「俺、整備士だから開けてやるよ!」

 

 

 

耳を疑った。

 

 

こんな偶然あるのだろうか?

 

 

彼はキャンピングカーからハンガーを1つ

持ち出し、「さあ行こう!」と言う・・・

 

 

 

 

ハンガー1つで鍵が空くのか?

 

そんな事を思ったがブランキーの自信満々の

顔をみている限り、嘘をついているとは思えなかった。

 

彼を信じて僕の車がおいてある草原へと向う。

 

 

 

 

 

車は寂しそうにポツンと広い草原の

ど真ん中で僕の帰りを待っているようだった。

 

 

 

 

窓の隙間からハンガーをねじ込んだかと思えば

 

 

ガチャン、ゴゴ・・・

 

 

ガチャ・・・・

 

 

ガチャリ・・・

 

 

 

 

開いたー!!!!!

 

 

1分もかからず開けてしまった!

 

 

 

 

こんなに簡単に開けられては

僕の昨日の苦労がバカみたいに思えてくる・・・

 

 

 

その後車に乗り込み、ブランキーと一緒に

リーフの家でのんびりさせてもらう事にした。

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安心した僕はアボカドトーストを食べながら

今日はのんびり過ごす事にした。

byronbay_abokadotost

オーストラリアのアボカドは安くて大きくて

美味しいのでそのまま食べても味がする。

 

アボカドトーストは僕の定番の朝食になっていた。

 

ゴキブリパニック

byronbay_eigakan

無事に車の鍵を開ける事ができたので

安心してはいたが、実は僕にはもう1つ

かなり気になる事があった。

 

昨晩、車の中を徘徊していたゴキブリ・・・

 

 

 

車の中に入れないのをいい事に

僕が見ている前でゆっくり車の中を歩き回っていた。

 

車の中に放置していた食べかけのスナック菓子や

ゴミ袋を全て捨ててもまだ気味が悪いので

ひとまず車内全体を掃除機で掃除し、

奇麗な状態にした。

 

 

 

掃除中もゴキブリは見当たない。

 

どうやら昨晩の内に満足したのか、

僕の車から出ていったようだ。

 

 

 

安心した僕はそのままバイロンベイから

数分走った所にある丘の上に車を停めて

読書を楽しみながら一日のんびり過ごす事にした。

byronbay_marutaisu

丘の下には海が広がっており、

サーファーがサーフィンを楽しんでいるのが見える。

 

天気も良い。

 

風も気持ち良い。

 

 

気がつけば夕方までこの丘で寝てしまっていた。

byronbay_okauesirokuro

目の前には海の向こうに夕日が沈んでいる。

 

それが一日の終わりを告げる合図になる。

byronbay_okanouesunset

僕は車に乗り込みバイロンベイの町に

帰る事にした。

 

 

山道を走っている途中ラジオから流れる曲と

海に夕日が沈む絶景を横目に今日の晩ご飯は

何を食べるのかを考えていた。

byronbay_sunsetkumo

「今何時だ?」

 

 

そんな事を思ったのでケアンズで買った

自慢の腕時計で時刻を確認した。

 

 

 

 

 

時間は夕方の5時半・・・・

 

 

 

・・・・・

 

 

 

「うぎゃーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

腕時計の横にゴキブリが止まっていた。

 

 

パニック!

 

 

 

手足をばたつかせるとゴキブリは

フロントガラスの前に吹き飛ぶ。

 

 

気持ちが悪い。

 

 

オーストラリアのゴキブリは動きが遅い。

 

 

窓を全開にしてタオルを拳に巻き付け

ゴキブリに左フックを叩き込む

窓の外へと吹っ飛んでいった。

 

 

 

掃除をした時はいなかったのに

どこに潜んでいたのか?

 

 

この車でいつも寝ていたので

気持ちが悪くて仕方がなかった。

 

帰りにオーストラリアのバルサン的な

殺虫剤を購入し、車の中に殺虫剤の煙で

一杯にする事に。

 

気持ちが悪いのと殺虫剤の煙で

僕も死にそうになったので、

その日はまたリーフのシェアハウスで

眠らせてもらう事になる。

 

これは僕の旅の中の事件でも

もっとも最悪な事件の1つになった。

 

画家として生活する方法を知らない常識人

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ゴキブリ事件で最悪な気分ではあったが、

天気が良く心地よい風が吹くこの丘は最高の場所だった。

 

その丘の上には一軒の大きな屋敷が立っている。

 

恐らくオーストラリアのお金持ちが持つ家である。

 

僕もいつかこのような海の見える丘の上に

ホテルと個展会場を建ててのんびり自由気ままに

生活したいと思った。

 

 

現在はその夢の一歩手前まできている。

 

この当時はライブペイントと絵の依頼

だけでしか収入を発生させる方法を

知らなかったので日本に住むなのなら

絵で収入を得るための何か他の

方法を発見する必要があった。

 

僕はその方法をすでに発見してしまったので

夢の一歩手前と言えるのだ。

 

 

まだまだ億単位を稼げるような

絵描きにはなれていないが、それでも

生活するには十分すぎるほどの収入がある。

 

それに僕は億万長者になりたいのではなく

自分の好きな事だけをして生きたい。

 

 

ただそれだけなのだ。

 

 

絵を描いて生きるとはかなり幸せな

生活ができていると自分でも思う。

 

世の中にはその方法がわからずに

路頭に迷う若者が後を絶たない。

 

僕は思った事をすぐに行動に移すタイプだったので

その結果、今の生活を手にいれたのだ。

 

 

 

行動しなければ何も始まらない。

 

常識に捕われていては何も得る事ができない。

 

 

 

早くこの事に気付かなければ

絵を描く人生なんてものは手に入らない。

 

 

絵を描いて生きるなんて無理だと

バカにされる事もあったが、

それはその人の常識内での話。

 

知識と情報を頭にいれながら

行動すれば確実に絵を描いて

生活する方法はあるのだ。

 

それを現在の僕が証明している。


ベルギーを旅しながら絵を描く日本人画家

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日本人で絵を描きながら

世界を旅している人は世の中には結構いる。

 

僕もその中の1人であるのだが、

僕の場合は「画家になる方法」を探し求めながら

旅をしており、海外で絵を描いて収入を得る方法は

とっくの昔に発見してしまった。

 

海外で収入を得る事は

思っていたほど難しくはない。

 

しかし、日本で画家になる方法をまだ

発見できていなかった僕はとりあえず

旅をしながらその方法を探し求める事に。

 

 

そんな中で立ち寄ったのがベルギーの

ブリュッセルである。

 

ここには沖縄で仲良くなったジュリアンが

住んでおり、彼の家に泊めてもらう事に。

 

 

ジュリアンが仕事の合間はブリュッセルの街を

散歩したり、博物館などに行って絵に役立つ

情報を得る事を中心に日々の生活を過ごしていた。

 

ブリュッセルの公園で絵を描く

belgium_kouen2

この日は天気がよかったので

散歩がてらスケッチブックと鉛筆を持って

ブリュッセルにある大きな公園にこれから

描く絵の下書きを描きに行く事に。

 

 

ブリュッセルの公園は本当にのどかだ。

belgium_kouen1

鳥のさえずりが聴こえる。

 

遠くの方では日陰に座って話をするマダム達。

belgium_madamu

子供と一緒に白鳥に餌をやりながら

のんび休日を過ごすお父さん。

belgium_kodomoesa

広い草原の真ん中で水着になって

寝転がりながら読書を楽しむ人。

belgium_neruotoko

リラックスした状態で今までの旅を振り返り、

その中で得た絵に関する情報を整理する。

 

すると新しい作品の形と言うものが生まれてくるのだ。

 

これはスペインを旅していた時から描いている下書き。

 

この下書きの後キャンパスに絵具で

描いていくのだが、恐らく完成は

この下書きよりもさらに細かく

し上がっているのだと思う。

sitagaki_memo

僕は日本に長期滞在すると決めた時は

東京で個展をひらこうと考えている。

 

その時に絵の下書きも個展に展示しようと思い、

旅をしながら下書きも描きためようとしているのだ。

sitagaki_1

この文字は僕が考えた僕だけにしか読めない文字。

 

なぜこんな事をするのかと言うと

絵と言うのは僕が死んだ後も数百年は

その形のまま残る財産だと考えている。

 

そして200年後、300年後の未来の人達に

僕の秘密のメッセージを届ける必要があり、

それは今のこの世に生きている人には

理解できない事である。

 

なのでこのメッセージを今の誰かに

伝える事はない。

 

この言葉の意味を誰にも言わないまま

僕はこの世を去る覚悟である。

 

外国の公園はアベックがやたらと多い

belgium_bakappuru2

平和な公園で愛を育むカップルがやたらと多い。

 

日本ではありえない光景だが

ここではこれが普通なのだ。

belgium_bakappuru1

朝から夕方までこの体制でイチャついている。

 

疲れないのだろうか?

belgium_bakappuru3

日本でこのような事をすれば

異様な目で見られる事があるが、

外国だと路上でキスをするのも普通。

 

日本人と外国人の考え方の違いがおもしろい。

 

外国人からすれば「何がいけないの?」

となるのだろう。

 

僕もこれはどちらかと言うと良い事だと思う。

 

日本人は他人の目を気にする傾向にある人が多いが、

外国人はむしろそれをアピールしてくる人の方が多い。

 

国や文化の違いで考え方も違う。

 

これは絵に関してもそうだ。

 

 

日本ではまだまだ芸術に対する考えが

根付いていないが、外国だと数百万の

絵でも気にいれば買いたいと言う人の割合が

日本に比べてかなり多い。

 

この事から日本で画家になるのが難しいと言われ、

日本人の絵描きは海外に行き成功を収めている。

 

ブリュッセルでハマった食べ物

belgium_tabemono

ブリュッセルに来て気付いた事がある。

 

ブリュッセルの食は美味しい。

 

以前ウサギを食べにレストランに行ったが、

ウサギの肉は柔らかくて肉汁が溢れ出てきて

今まで食べてこなかった人生をもったいない

とまで思ってしまうほど美味しかった。

 

ウサギを食べた時の記事がこちら
高級レストランで美味すぎるウサギの肉を食す!

 

しかし、ウサギ以外にかなりハマった食べ物がある。

 

それが上の写真のパン。

 

パン自体ではなく、その上にのせている

ディップと呼ばれるもの。

 

オーストラリアでもこの食べ物にハマり

よくニンジンやキャベツにのせて食べていたが、

ブリュッセルのディップはかなり種類もあり、

いくつもの味を楽しむ事ができる。

 

しかも、全て美味しい。

 

ブリュッセルに行った時にはこの

ディップを是非食べてもらいたいと思う。

 

あなたは日本の歴史を語れますか?

belgium_artmichi

十分のんびり過ごし、下書きもキリのいい所まで

描き終えたので一度ジュリアンの家に帰る事にした。

 

ジュリアンはすでに帰宅しており、

この後ブリュッセルの街を案内してくれると言う。

 

旅を辞められない理由がここにある。

 

外国人の友人ができれば

宿代も浮く事もあるし、その街に住んでいる友人なら

お勧めのスポットをピンポイントでまわる事ができ、

普通の旅行に行くよりも濃厚な時間を過ごす事が

できるからだ。

 

電車に乗ってジュリアンと一緒に街を観光する。

 

・・・っがその前に僕はジュリアンに対して

どうしても毎回気になる事があった。

belgium_jyurian1

ジュリアンの足下を見るといつも

違う色の靴下をはいている。

belgium_jyurian2

何で違う色なのか尋ねると

朝起きる時に適当につかんだ

靴下をはくから違う色になるけど

別にそれを気にする事もないし、

大きな問題でもないので何色でも良いと言う。

 

 

ジュリアンはいい奴だがたまに

変な事を言うおもしろい友人だ。

 

ジュリアンは街の歴史の話をしてくれた。

 

ここは何年に何のために建てられただとか

これにはこんな意味があるだとか・・・

 

日本人は自分の国の歴史を語れる人は

あまりいないのではないだろうか?

 

外国人と話していてよく思うのだが、

その国の人はその人が生まれる前の歴史や

出来事について明確に説明できる人が多かった。

 

僕は日本人だがここまで明確に説明する事ができない。

 

学生時代の僕は勉強が嫌いでめんどうになれば

学校をさぼって近くの大学の敷地内でハトに餌を

やりながらのんびり時間が過ぎるのを待っていた。

 

特に当時の僕は社会や歴史に全く興味がなく

日本の歴史を語れと言われても説明できない。

 

世界を旅してからは日本人なら日本の歴史を

語れるくらいにはならなくてはと思ったし、

年を重ねる事に歴史に興味が湧いてきたので

遅れながら日本の歴史について勉強している。

 

旅する画家のまとめ

belgium_zinreru

ジュリアンに観光に連れていってもらったが

朝から公園で絵を描いていたせいか、

疲れて芝生の上でいつの間にか寝てしまっていた。

 

ジュリアンはその様子を起こす事なく

見守っていてくれたようだ。

 

本当にいい友人に巡り会えた。

 

旅をすると絵の仕事も得る事ができ、

しかもこのような良い出会いが毎日のように訪れる。

 

現在、もしも絵を描いていて悩んでいるのなら

僕は海外を旅する事をお勧めしている。


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カテゴリ:ヨーロッパ旅の記録 

シドニーの旅でカルチャーショックを受けた絵描きの日常

sydney-opera

オーストラリアのシドニーに滞在して2日目。

 

はやくも2日目にして飽きてしまった。

 

シドニーに来た目的はピカソの展示会で

絵を見てどのような思考でピカソは絵を

描いていたのかを観察する事だった。

 

その目的も達成してしまった僕は

もうすでにシドニーでする事が

なくなってしまっていたのだ。

 

 

しかし・・・

 

このシドニーで文化の違いとでも言うのか、

お国柄の違いとでも言うのか、本当に驚く

カルチャーショックを受ける事になる。

 

日本では絶対にあり得ない事。

 

僕はその体験からオーストラリアが

さらに大好きになった。

 

今日はそんなお話。

 

シドニーにもアートが溢れていた。

sydney-bakudan

シドニーでもうすでにする事がなかったので

僕は町にでて写真を撮り貯める事にした。

 

シドニーの街のあちこちに何だかわからない

アートのようなものが数多く点在している。

 

上の写真の爆弾のようなものも

何なのかわからなかったが

カッコイイと言う理由だけでシャッターをきった。

 

英語で説明文が書かれていたが、

当時の僕はまだ英語があまり得意ではなく

読み書きは大の苦手だったのでこれが

何なのかは今になってはわからない。

 

sydney-tou

しかしいい天気だ。

 

オーストラリアに来てから

もうすでに2ヶ月がたったが、

まだ2回しか雨が降っていない。

 

僕は昔から晴れ男である。

 

このオーストラリアの旅の後も

世界を旅する事になるのだが、

僕が行く所は本当に雨が降らない。

 

この日も天気予報では曇りのち雨

であったのだが、僕が外にでたせいか

青空が広がっていた。

 

公園の木に不気味なものが・・・

sydney-kouen

ひき続き写真をとりながら街の中を

ブラブラ散歩していた。

 

するとかなり大きな公園を発見する。

 

この時、僕が日本で買って持ってきた

一眼レフの新しい機能を発見してから

白黒の写真を撮るのが楽しくて仕方がなかった。

 

好きな色だけ広いあげてその他の色を

すべて白黒にする機能でカッコイイアート

写真を撮り、バイロンベイでライブペイントを

する時についでに写真のポストカードも

制作して販売しようと思ったのだ。

 

 

楽しみながら写真を撮りまくっていた中の一枚。

sydney-kuroimono

この写真の中に奇妙なものが

映っているのを発見してしまった。

 

やたらと大きな実がなっている・・・

 

風に揺られているのか

少し動いているようにも見える・・・

 

僕は目が悪くて遠いものが

ハッキリ見えないので一眼レフに

望遠レンズを装着してズームにしてみた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

き・・・・

 

 

 

気持ち悪い!!

sydney-upkoumori

そこには大量のコウモリがぶら下がっていた。

 

オーストラリアにはコウモリが沢山飛んでいるが

僕は昔、生まれ故郷である宮崎で怖い体験を

したのだが、その時にコウモリに襲われた。

 

それからコウモリが気持ち悪くて仕方が無い。

 

怖い体験はコウモリに襲われた事ではなく、

霊的なものか変質者的なものなのか

今になってはわからないが、とにかく

恐怖の体験をしてしまった。

 

この怖い話はいつか機会があればこの

世界画家旅人でお話していこうと思う。

 

シドニータワー

sydney-tower

気持ち悪いコウモリから一目散に逃げた僕は

シドニータワーの頂上の展望台にいた。

 

気がつけば天気予報通り曇りになっていたが

雲の隙間から神々しい光がシドニーの街を照らす。

 

なぜか外国に一人できたと言う実感が

今になって湧いてきた。

 

外国の事は何もわからず、友人もいない、

英語も話せない状況で一人で海外に旅にでてきた。

 

この2ヶ月間、1日1日が本当に濃い時間の

繰り返しであった。

 

絵の仕事もなんだかんだで得る事もできたし、

バイロンベイではライブペイントで初収入を得た。

 

 

その経験が僕に自信を与えてくれた。

 

何もわからないから行動しないのは

ただの言い訳である。

 

行動しなければわからない事も沢山ある。

 

 

オーストラリアの旅は本当に刺激的で

毎日が新鮮でもあり、今までの人生では

得る事のできなかった経験をたった

2ヶ月間で数多くする事となった。

 

そして、この後さらなる

カルチャーショックを味わう事となる。

 

ホームレスの食事が羨ましい

sydney-homeless

シドニータワーから歩いて数分の所にある

公園の端の方に何やら行列ができていた。

 

気になったので近づいてみると

車で何かを売っている。

 

車でお弁当を販売しているのかな?

と思った僕はそのまま通り過ぎようとしたが

よく見ると看板に「FREE」と書いている。

 

フリー?無料?

 

かなり気になったのでとりあえず

列に並んでいた男の人にこれは何ですか?

と訪ねるとその人はこう言った。

 

「タダ飯が食べれるよ!」

 

 

タダでご飯を食べれる?

 

・・・・

 

そんな上手い話はない。

 

世の中の鉄則のルール。

 

タダより怖いものはない。

 

絶対、何かしらお金をとられる。

 

っと思いながらも僕は列に並んでいた。

 

 

なぜなら、美味しそうな甘いソースの

香りがその辺りに充満していたからだ。

 

 

 

 

それから5分後・・・

 

世の中には上手い話もあるもんだ・・・

 

 

 

 

 

 

美味すぎる。

sydney-mesiumai

ボリュームのあるチキンに野菜サラダをのせ、

塩こしょうで味付けしたものを無料で食べる事ができた。

 

こんな事があっていいのか?

 

普通にレストランで食べるような料理を

無料で配っている。

 

 

オーストラリアではホームレスに

食料を配っている場所がいくつもあるようだ。

 

オーストラリアで無職になると国から

お金も降りてくるし、食料はその辺で

無料で調達できる。

 

何て凄いシステムを作った国なんだ。

 

何もしなくても生きていける。

 

確かに、バイロンベにいた

ホームレス達は皆生き生きしていた。

 

日本では蔑んで見下されるホームレスも

ここオーストラリアでは普通の一般人と

それほど変わりない扱いをされている。

 

 

 

この後、僕はバイロンベイに戻る事になるのだが、

このシステムのおかげで4ヶ月間

1円もお金を使わずに食料を調達する事になる。

 

オーストラリアは本当に人に優しい国である。

 

これでシドニーの旅も終わり。

 

 

明日はメルボルンに遊びに行く事にした。

 


海外で絵を描きながら旅をするならここ!楽園生活の始まり!?

朝日と共に目が覚めた僕はすぐに歯磨きをして

寝癖がついた髪を朝のシャワーで流してから

カバンと絵具道具一式を持って出発した。

 

ゴールドコーストからバスで約1時間の場所にある

楽園バイロンベイに僕は向かう。

byron_beach

 

バイロンベイに向かうバスの中でボーッと景色を見ていた。

 

 

ゴールドコーストの高層ビルが立ち並んだ景色から

数分走っただけで広い草原に出る。

 

 

 

 

そしてしばらく走っていると自然ゆたかな緑の景色が広がっていく。

 

この自然の中にある町がバイロンベイだ。

 

 

 

 

 

到着してさっそく宿探しをしなければならない。

 

 

 

 

新しい町にいく時は何も予約をしないまま

旅をするスタイルなので

バイロンベイに着いてすぐに

宿がありそうな方向へ歩きだした。

 

 

 

一件目の宿で空き部屋があったので

荷物を宿にあるロッカーに詰め込んで

すぐに海へと向かった。

 

 

 

天気も良い。

 

 

1分歩けばもうそこには海と奇麗なビーチがある。

byron-kibeach

 

僕は途中でポテトフライとビールを購入して

海の前のビーチで食べる事にした。

 

 

何て幸せな場所なんだ。

 

 

気温も心地よい。

 

見た事もない鳥の奇麗な鳴き声を聴きながら

さっそく絵を描く事にした。

byron-hatue

 

ケアンズで絵を公園で描いている時は

様々な国の人に話しかけられたが

バイロンベイではどうなのか?

 

どんな人が話しかけて

きてどんな出会いがあるのか?

 

 

 

 

そんな期待を胸に楽園バイロンベイで過ごす

これからの生活を想像するだけで

ワクワクが止まらない。

 

 

 

 

 

するとさっそく男の人が話かけてきた。

 

名前はワンさん。

byron_onesan1832

 

「絵描いてるの?」

 

と興味をしめして僕に話かけてきた。

 

 

それから数分間のんびりした英語口調で話す

ワンさんと片言の英語を使って話をしていると

日本人の友達が沢山バイロンベイにいると言う。

 

 

 

 

ここバイロンベイには

キャラの強い日本人が集まってくる。

 

 

 

 

後から知った事だがワンさんは

そんな日本人の間では有名な人物であった。

 

 

 

 

ワンさんと話しているとそこに日本人の女性3人と

外国人のオジサンがやってきて一緒に話をしていた。

 

 

 

 

どうやら彼らはこのあたりのシェアハウスで

共同で住んでいるらしい。

 

「今夜ディナーするけど家に来ない?」

 

と誘われたのでお邪魔する事にした。

 

 

 

 

バイロンベイに来てすぐ公園で絵を描いているだけで

一つ目の出会いがあった。

 

この出会いの数が多ければ多い程

外国で絵の収入を得る事も可能になってくる。

 

 

 

 

一旦公園から宿に戻り、彼らのシェアハウスで

待ち合わせをして初めて来たバイロンベイで

初めて会う人と食事をする。

 

こんな出来事は日本にいては中々遭遇する機会がない。

 

 

 

 

初めてのバイロンベイのディナーは

豪華なものとなった。

byron_hatugohan

 

そのディナーで一人外国人がいたが

ほぼ何を言っているのか理解できないでいた。

 

 

 

 

この頃の僕は英語を聞き取る能力を

まだ身に付いていなかったのだ。

 

 

 

 

ケアンズとゴールドコーストで

外国人から逃げて日本人とばかり

遊んでいた事が原因である。

 

 

なぜか日本人はどこの国に行っても集団で行動する習性がある。

 

 

 

 

このバイロンベイでも

数多くの日本人と出会う事になるのだが

それが原因でまたもや英語のスキルが伸び悩む

事をこの時の僕は想像もしていなかった。

 

 

 

 

そんな未来が待っている事も知らずに

僕は美味しいディナーとワインの味に酔いしれた。

 

宿に帰る頃にはもうすでに辺りは暗くなっていて

宿に戻る道で森を通った時に空を見上げると

満点の星空が輝いていた。

byron_amanogawa

 

 

 

 

「あぁ・・・何て幸せな暮らしをしているんだ・・・」

 

 

 

 

この時、

このような生活を一生したいと強く思った事が

きっかけで自由に旅する画家になったと言っても

過言ではない。

 

 

この時の強い思いによって夢が現実になったのだ。

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えていた酔っぱらっていた僕は

再びビーチの前の芝生に向かって歩いていた。

 

 

バイロンベイの夜の町には路上でお金を稼ごうと

世界中から集まったアーティスト達が至る所で楽器を演奏している。

 

 

 

そんな光景を横目に芝生の上に寝転びながら

明日は何をするのか考える。

 

 

 

BGMは波の音。

 

 

 

心地よい風と潮風の香り。

 

 

 

平和な空気が漂っている。

 

 

 

この旅に来ている目的は絵の向上と

絵で収入を得る方法を探すため。

 

しかしこの時点ではまだ公園で絵を描く事

くらいしか考えつかなかった。

 

 

 

 

 

「活動していれば何かが起こる!」

 

そんな期待を持って毎日活動していると

不思議とそう言う運命に導かれていくもの。

 

活動をし続ける事によって、

訪れるチャンスの数が増える事が原因の一つである。

 

 

 

 

 

しかしアーティストの町ならできるだけ

アーティストと一緒に活動して行きたいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

そんな時にバイロンベイの森の近くに

アーティストが集まる大きな宿がある噂を耳にした。

 

 

 

これは使わない手はない。

 

 

 

僕は明日の朝から宿をそこに移動する。

 

 

 

 

芝生の上でそんな事をずっと考えていると

だんだん気持ちよくなってきてしまいそのまま寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

バイロンベイ初日の旅は

 

のんびり絵を描く

豪華なディナー

野宿

 

 

今日はこの3つの事をして新しい収穫を得る事もできた。

 

後にディナーに誘ってくれたシェアハウスの住人に

考えてもいなかった大きな絵の仕事が舞い込んでくる事になる。


【注意】ケアンズから乗り降り放題のバスを利用した旅で事件発生!

旅の移動費を安くで済まそうと考えるなら

バス移動を使わない手はない。

 

しかし気をつけなければ

異国の地に一人で置いてけぼりにされる危険性もある。

 

今回は僕が体験した

ケアンズからメルボルンまで乗り降り放題のバス

利用した最悪な事件の話。

 

 

 

僕は絵の修行をしてさらにそのスキルを磨くため

オーストラリアに来て毎日公園で絵を描いていた。

 

それ以前は韓国くらいしか行った事がなく、

英語なんて一言も話せるわけもなかった。

 

 

 

英語も話せない、誰か頼れる友人もいない。

 

しかしケアンズに来て多くの人と出会い、

多くの人の優しさにふれる事で何とか

海外の生活にも慣れてき始めた頃だった。

cairns_parkneru

ケアンズに1ヶ月以上滞在し、

多くの友人もできたがいつまでも

この街にいては刺激がもらえない。

 

刺激は画家にとって必要なものの一つなのだ。

 

そんな理由でそろそろケアンズを出る事にした・・・

 

 

 

しかし・・・・

 

 

 

その時のバス移動で最悪の事態が起こってしまった。

 

今日はその時の心境とバス移動の時に

してはいけない事を僕の経験談から話しておく。

 

もしもバスで旅をするなら最後まで

この記事を読んでおいた方が良い。

 

ケアンズからメルボルンまで乗り降り自由なバス

ousbasumichi

ケアンズにある日本人御用達のNaviツアーで働いている

僕も普段からお世話になっていたヨウコさんに

ケアンズからメルボルンまで乗り降り放題のバス

ある事を教えてもらい、バス移動で疲れたらその街で

一泊して次の日にまた南下すれば良いと考えそのバスを

予約する事にした。

 

 

そのバスはケアンズからメルボルンまで

毎日運行しており、好きな街で降り

また移動したければサイトから

バス予約を入れて後はバスに乗る時に

サイトからコピーした予約の紙、あるいは

スマートフォンに写真を保存してそれを

バスの運転手に見せるだけで好きな場所まで

乗る事ができるシステム。

 

料金は最初の値段から変わらない。

 

僕はひとまずケアンズからゴールドコーストへ

向かう事にした。

 

バス移動で起きた事件

a-ri-beachki

冒頭でも話した通り、

この頃は英語には慣れてきた所ではあったが

まだ自分の意思を伝えると言う事が

できないでいた。

 

そんな状況で最悪の事態は起きてしまったのだった。

 

バスが消えた・・・

ケアンズを深夜12時にバスに乗り込み

ゴールドコーストへと向かった。

 

朝から新しい旅への出発の準備に追われていた僕は

疲れていたのかそのまますぐに深い眠りについて

しまった。

 

 

それから12時間後・・・

 

 

目が覚めるとバスが止まっている。

 

 

 

 

カーテンを開けて窓から外を覗き込むと

運転手がバスの下の荷物いれから全員の荷物を

運び出していた。

 

バスに乗っていた乗客も自分のバックパックを

持って街へと歩きだす。

 

 

 

 

 

バスの中には一人も乗客は乗っておらず

「もうゴールドコーストについたのか?」

と思ったのでバスから降り、荷物を受け取った。

 

しかし街を見てもとてもゴールドコーストとは

思えないほどの田舎街だった。

 

 

 

 

 

ここで降りてはダメだったと思ったが、

バスの運転手にもゴールドコーストで降りると

記載された紙を渡していたのでひとまず

トイレに行く事にした。

 

 

「予約はしているので大丈夫」

 

 

日本ではバスを予約すると

休憩所に止まる度に毎回人数をチェックする。

 

 

 

その考えがあまかった。

 

ここは日本ではない。

 

 

 

とくにオーストラリアはそういった事に

いい加減な会社が多数存在する。

 

 

 

 

 

トイレを済ませた僕はまたバスの方へ歩き出した。

 

 

 

 

 

すると・・・

 

 

 

 

 

バスが動き出している。

 

 

まだバスが止まって10分程度しかたっていなかったので

「バスを駐車しやすい場所に移しているのかな?」

と思いながらそのバスに向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

しかしバスは「忘れ物なんてない!」

と言わんばかりに地平線の彼方へと走り去ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

バスは僕を乗せるのを忘れて次の目的地へと向かったのだった。

 

 

 

 

英語も話せない、友人もいない、

この田舎町がどこなのかもわからない。

 

異国の地にポツンと一人置いてけぼりにされてしまった。

 

 

 

幸い荷物を持ってトレイに行ったので

画家として生活するための道具は全てそろっていた。

 

どうやってこの危機を乗り越えたのか?

a-ri-beachyama

まずここが何処なのかを知る必要がある。

 

通りすがりの老夫婦が海沿いを散歩していたので

まだまだスキル不足な僕の英語でここがどこなのか

訪ねるとここはアーリービーチと言う場所で

ゴールドコーストよりさらに手前の街である事が判明した。

 

タイミング良く用意していた携帯電話

運がよかったのかケアンズを出る前に

Naviツアーのヨウコさんに進められて

携帯電話もそこで手に入れていた。

 

 

 

画家の道具はあるのでここでお金を稼いで

対策をねる事も考えたが田舎街なので

人がそんなにいない。

 

 

 

僕はすぐに携帯でNaviツアーのヨウコさんに

電話する事にした。

 

 

 

ヨウコさんには本当にいつも迷惑をかけていたので

申し訳なかったのだが、すぐにそのバス会社に電話するから

待っててと言われ電話を切る。

 

不安な気持ちでいっぱいであったが

ヨウコさんに電話して少しホッとしていた。

 

 

 

 

数分後にヨウコさんから電話がかかってきた。

 

 

 

 

次にその会社のバスが夜の6時

アーリービーチに到着するのでそのバスの

運転手に事情を説明して乗せて欲しいと

頼むしかないとの事・・・

 

 

 

 

僕の片言の英語で相手の運転手にこの状況を

上手く伝える事ができるのか少し不安でもあったが

出発まで6時間もあるので、それまでこのビーチでのんびり

しながらどう英語で話せば伝わるのかを考える事にした。

 

危機脱出に成功

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アーリービーチの近くには山のふもとに家々が並び、

とても奇麗な街であり、天気も良く、僕はスーパーで

ビールと昼食を買って海沿いの公園のベンチで

運転手に説明する英語文をノートにまとめていた。

 

海は穏やかでヨットがゆらゆらと揺れている。

 

そよ風にゆられながら音楽を聞いてビールを飲んで

サンドイッチを食べていると気持ちよくなってきてしまい

「最悪ヒッチハイクで向かってもいいか」

と思うようになっていた。

 

バスの運転手へ英語で説明

それから数時間が経過し、

僕はいつの間にか寝てしまっていた。

 

あたりはすでにオレンジ色の空になっており

何だか急に悲しい感情が溢れ出てきた。

 

 

 

 

バスが来る時間がせまってくると思うと

少し緊張もしてくる。

 

英語でこの状況を伝えないと

バスに乗れるかどうかもわからないからだ。

 

 

 

夜の6時過ぎにバスは少し遅れて

アーリービーチに到着した。

 

 

 

すぐに運転手の所へ駆け寄り

「あなたの会社のバスにおいていかれました。

Naviツアーと言う会社からすでに連絡が入っていると

思うのですが聞いてますか?」

 

と訪ねると運転手は僕の顔をジッと

見つめながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

「知らん」

 

 

 

 

 

絶望が僕の脳裏によぎったが、

それと共に「もうどうなってもいいか」

と言う気持ちも不思議と湧き出てきた。

 

 

すると運転手がどこまで乗るの?

と聞いてきたのでゴールドコーストまで行きたいと

言うと「OK行こう」と言ってくれたので

僕はあっけにとられた。

 

 

 

そしてそれから14時間後

無事にゴールドコースとへ到着したのだった。

 

ゴールドコースト到着後

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ケアンズからゴールドコーストまで32時間以上の度を終え、

僕は宿をどこも予約していなかった。

 

 

 

時間は夜の9時。

 

 

 

それから宿を探しに歩き始めたが

どこも満席で空いている宿を見つける事ができず

3時間が経過してしまった。

 

もう今日は野宿でいいかと考え、

どこかで寝れるポイントを探していた途中、

偶然宿を発見した。

 

 

 

一応中に入ってカウンターの定員に聞いてみると

一泊だけならできると言われたので

すぐにチェックインを済ませシャワーを浴びた。

 

 

 

思いもよらない長旅で体は疲れていたが

新しい土地に来たと言う新鮮な感情が

僕を夜の街へと動かした。

 

ゴールドコーストにあるサーファーズパラダイス

のビーチでのんびりビールを飲みながら暗い海の

上に光る満月を見ていた。

 

 

 

ちなみにオーストラリアでは

外でビールを飲むと罰金を払わなければ

ならないが、僕はこの時そんな事もしらず

何も気にしないままビールを何本も飲んでいた。

 

サーファーズパラダイスの砂はやわらかい。

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日本ではあまりない砂の感触だ。

 

異国の地で置いてけぼりにされ、

無事にその事件を乗り越えた事もあったので

ホッとした僕は酔っぱらいながらビーチで

寝てしまったのであった。


絵を描きながら旅をすると画家としての人生が動き出す

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普通に旅をしていると様々な人と出会う機会が増えるが、

さらにその可能性を増やしてくれる方法があり、なおかつ

仕事なども入る事がある。

 

その方法と言うのは旅をしながら絵を描くと言う事だ。

 

日本ではそのような事をしている人も少ないようだが、

僕はこれまでオーストラリアやヨーロッパ、南米、アメリカ

など43ヶ国以上をキャンパスと筆と絵の具を持って

絵を描きながら旅をしてきた。

 

 

もちろん一日を十分に過ごせる額のお金を稼ぎながら

合計3年間旅をしている。

 

 

普通の旅行者なら浪費するだけの旅を画家の仕事を

してお金を稼ぎながら旅をすると言う事はいつでも

自由にどこの国でもいける能力がこの腕一本さえあれば

可能と言う事になる。

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もちろんアフリカや南米の貧しい国では

稼げない場所もあるが、

それでも他の国で十分なお金を稼ぎ、

満足いくまで自由な旅を楽しむ事ができる。

 

 

そしてこの経験を生かして

日本でも画家になる方法を発見する事ができた。

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日本では絵の仕事をとる事は海外より難しく、

画家として生きるのは厳しい状況だと言われているが

僕の発見した方法で収入も得る事が可能になる。

 

 

すでに日本に滞在している間も絵の依頼を何件かもらって

描いたが、それは海外や日本に住むクライアントさんから

原画を売って欲しいと要望があったためでもあるが

実際、僕の方法なら原画も売らずに収入を得る事ができる。

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海外に長期間旅をしてきた事により依頼する側の人にも

「この人の絵が欲しい」と思ってもらえる事がわかった。

 

 

なぜなのか?

 

 

それは日本人で絵を買う人の基本的な心理は

まず絵を見てそしてその人の経歴を見る事が多い。

 

 

 

本当ならどこの美大や芸大を出たのか?

 

どこの公募展で賞をとったのか?

 

などを見るようだが、僕の場合は

「長期間旅をしてどんな活動をしてきたか?」

と言う事が一種の経歴となっており、

その活動を知る事によって絵を買いたい

という欲望が生まれるようだ。

 

 

逆に外国人は経歴はあまり関係なく、

絵を見て欲しいと思えば買ってくれる文化がある。

 

そこに「世界を旅しながら絵を描いている」という情報

を追加する事でさらに絵を買ってくれる確率があがるのだ。

 

 

 

そして海外や日本でも富裕層のクライアントさんと

出会う機会があったがその人達の絵の見方は少し違う。

 

 

 

富裕層の人達はもうすでに成功していて

お金の自由も手に入れたので次は今

頑張っていて応援できる人にお金を投資しようと

思うようだ。

 

実際僕のクライアントさんのほとんどが

会社を経営する社長さんであったし、

この話もその社長さんから聞いた話なので

信憑性が高い。

 

 

 

とにかく絵を描きながら旅をする事によって

出会いや、経歴などに大きな動きが発生し、

応援してくれる人との出会いにより

人生が180度変わったのは僕の経験から

証明できる紛れもない事実なのだ。

 

 

 

もしもあなたが今絵を描いていて

何の大きな動きもないのなら

一度絵を描きながら海外を旅する事を

おすすめする。

 

 

 

どうすれば画家としてやっていけるのか?

 

その細かい情報や、旅の仕方など、

ここでは語れない話もあるので、

興味がある人はZiNARTメールマガジン

の中で語っていこうと思う。

 

 

 

もちろん日本に滞在しながらでも

画家になる事ができる方法も紹介している。

 

 

 

下に無料の登録フォームがあるので

僕からの情報を受け取って欲しい。

 

ちなみに気にいらなければすぐに

解除できるので何の心配もいらない。

 

 

 

僕は本気で画家として生活したい人を

応援していき、僕と同じ生活ができるよう

努力していこうと思っている。

 


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カテゴリ:画家になる 

リスボンの旅で城を発見した!

ポルトガルのリスボンの街は

画家として生きるために必要な情報を

与えてくれた場所の一つになった。

 

街を探検して気づいたが本当に坂が多い街だ。

 

路上駐車の車がサイドブレーキを

引き忘れてぶつかっている光景を

何度もみるほど坂が多い街だ。

そんな理由が原因かは定かではないが

ケーブルカーが街のあちこちにあり

自由に移動できるようになっている。

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古い雑貨屋さんや路上パフォーマンスで

お金を稼ぐ人達が大勢いた。

1時間ほど探検していると

いつのまにか山の上まできてしまい、

そこには大きなサン・ジョルジェ城がたっていた。

 

ここは古代ローマの砦となった城で、

今では城壁だけが残されており

城の中から城壁にそって歩く事もでき、

パノラマでリスボンの美しい

街並を見る事ができる。

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夕方になると夕日に染められた

オレンジ色に染まった街並を見る事もでき、

まわりはカップルだらけになっていて

ロマンチックな雰囲気が漂う古き良き時代の

ヨーロッパを感じさせてくれた。

 

世界一周の旅初日の街でこれほど

多くの物を見て感じれるとは想像もしていなかった。

 

もし日本に滞在しながら

画家の仕事をしていたら、

同じ毎日の繰り返しで刺激もなく

ただ単調に過ごすだけの日々になってしまい

画家としての急激な成長はなかったのではないかと思う。

 

ここで数多くのインスピレーションを

受ける事になり僕の頭の中の世界の建物と

よく似ているのでいいモデルになりそうだ。

 

僕が旅にでる理由の一つが

僕の頭の中にある世界を鮮明に描くために

世界の建物や街並、自然を見てそれを

参考にするためでもある。

 

このリスボンの街はそんな僕の

世界を鮮明に描くために必要な物や

風景が数多くあった。

 

リスボンでは画家として

必要な情報を数多く得る事とになる旅だった。

 


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カテゴリ:ヨーロッパ旅の記録 

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プロフィール
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世界画家旅人:ZiN

高校2年生の時に画家を目指す事を決断する。22歳の時にようやくデザイナー専門学校に通い学費を稼ぎがら毎日睡眠2時間、1日50円しか使えない超貧乏学生時代を経験。

画家になるために海外に絵の修行へ行く。画家として活動しながら世界43ヶ国以上を旅をしている。

2017年10月第一子誕生。
画家を目指し始めてから10年以上の努力が実を結び、ようやく絵で生活できるようになり、毎日絵を描きながら家族と自由気ままな生活を送っている。現在はこれまでの旅の経験と出会いを利用して日本でその才能が埋もれてしまっているアーティストに海外からの絵の仕事を紹介している。

毎年正月はハワイでライブペイント。毎年2回は沖縄、東京で個展をし、NYでも開催予定。
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